382 ドラゴンスレイヤーへの道? 9
「しまった。目が覚めたか!」
手を引かれて立ち上がったシウンが言った。その目は声の聞こえてきた方に向いている。そこにあるのは隣の山、即ちシウンとコウノが先ほど飛び立った場所だった。
「目が覚めたって、一体……」
「シウンちゃん、行かないと!」
何がと聞きかけたマリコの言葉を、焦った様子のコウノが遮った。その声に「分かっている」と答えたシウンがマリコに向き直る。
「マリコ殿、話が途中で申し訳ないが、我らは急ぎあそこへ戻らねばならない。用が済み次第戻って来るからここで……」
そこまで言ったシウンはふと何かに気付いたように言葉を切り、マリコに向けた目を瞬かせた。次いでミランダ、バルト一行と視線を巡らせた後、ふむと頷く。
「ああ。いや、貴公らであれば大丈夫だろう。ある程度は道をつけておくから、できれば追って来てもらいたい。それでは、話の続きは後ほど!」
「追って来てって、ちょっと!」
一気にそう言ったシウンはマリコの手を離して飛び下がる。カリーネたちと何か話していたコウノも彼女たちから離れた。しかし、何故かシウンとコウノも距離を取っている。周りをぐるりと見回し、二人は頷き合った。
「「形態変更!」」
声が上がり、またしても虹色の光が渦巻いてそれぞれを包む。渦は膨らむように急速に大きくなって消え去り、後には二頭の龍が立っていた。マリコたちには何を言っているのか分からないが、ガウガウと言葉らしきものを交わした後、赤龍――コウノ――がバサリと翼を一打ちして舞い上がる。
高度を取ったそれが谷一つ隔てた隣の山に向かって行くのを見送った銀龍――シウン――は顔を下げて、今度は谷側を見下ろした。今一行がいるのは山の頂上である。マリコの背では木々に阻まれてそこまで遠くは見えないが、シウンの高さからならもっと先まで見えているだろう。一緒に行くのではなかったのかとマリコが思っていると、シウンは軽く息を吸い込み、そして吼えた。
「ガアアアアッ!」
「な、何を!?」
空気がビリビリと震え、マリコたちは思わず耳を押さえる。その、どこか威嚇するような声が響き渡った直後、眼下に広がる森からたくさんの鳥たちが舞い上がった。ピーピーギャアギャアと半ばパニックを起こした鳥たちは、右に左にと割れるように逃げ散っていく。
その様子を見届けたシウンは、そのまま斜面を谷側へ数歩踏み込んで止まった。ドズンと長いしっぽを叩き付けるように地面に着け、今度は胸を張るように大きく大きく息を吸い込む。十分に吸い込んだ後、再び谷の方へと顔を下げる。地面を踏みしめる脚に力が入るのがマリコにも分かった。
次の瞬間、シウンは力を解放した。パンと何かが破裂するような音が鳴り、次いでヒィィィンと甲高い音が続く。しかし、その音はじきに別の音にかき消された。ゴウゴウと風が鳴り、バサバサバキバキと木が倒れる音が響く。シウンのすぐ目の前地面から土ぼこりが巻き上がり、わずかに首を動かすと土ぼこりと破壊音は前へ前へと進んで行った。
マリコはシウンのしっぽが地面にめり込み、踏みしめたはずの脚がズズズと後ろに下がるのを見た。じきにその後退は止まる。今いる山頂と谷底、その半ばほどまで、一直線に木々が薙ぎ倒されていた。
「これ、ブレス……?」
誰かのつぶやきが聞こえた。熱も光も伴わなかったが、恐らくこれがシウンのブレスなのだろう。神々の色に準じるとすれば、銀龍であるシウンの主属性は風ということになる。ならばブレスの属性が風であってもおかしくはない。
やがて、シウンがバサリと翼を一振りし、初めて見るドラゴンブレスに半ば呆然としていたマリコたちを現実に引き戻した。振り返って「ゴアッ」と短く鳴いた後、翼を羽ばたかせて浮き上がる。そして、コウノのように上昇するのではなく、翼を広げたままグライダーのように滑空して谷底に向かって行った。
「何をって、まさか!」
マリコたちがシウンが降りた方を覗き込むと、そのまさかであった。今のブレスが届いた先端で降り立ったシウンはまた吼えて鳥たちを追い散らし、再びブレスを放ったのだ。一行が見守る中、シウンはそれをさらに数回繰り返し、隣の山の峰まで倒された木で描かれた線を引くと峰の向こうへと姿を消した。
「「「「……」」」」
一同は思わず顔を見合わせる。これはどう見ても、ここを通って着いて来いということだろう。道をつけておくというのはこのことだったようである。
「確かにこれを使うより、あそこを通る方がずっと早そうだな」
敢えて気楽そうな声で、バルトが沈黙を破った。その手にはさっきまで腰に差してあった山刀が握られている。ここから先はバルトたちもまだ行った事がない場所なのだ。本来ならその山刀で薮を切り開きながら進まなければならなかったはずである。谷一つ越えるには丸一日掛かったかもしれない。
マリコはシウンが吹き飛ばした場所、すぐ目の前の斜面を改めて覗き込んだ。幅はそれほど広くないが、シウンのブレスが舐めた後は低木まで軒並み薙ぎ倒されており、薮も粗方吹き飛ばされている。平地を歩くよりは時間が掛かるだろうが、それでも数時間もあれば隣の山の頂に辿り着けるように思えた。
「それじゃあ、シウンさん? も待っているだろうし、行こうか」
「え、いいんですか!?」
えらくあっさりと言うバルトに、マリコの方が驚いた。
「いや、いいも何も行ってみなくちゃ何がどうなってるのか分からないだろう?」
そもそも龍らしきものについて調べてくるのが今回の目的だし、とバルトは続けた。話が通じる以上、戦って倒すしかないという結論は避けられそうだ。であれば、あとはなるべく多くの情報を持ち帰るべきである。しかし、話自体が中断しているのが現状だった。なら行って話の続きをするしかないではないか。
「それに、もしここで引き返したら、彼女、追ってきそうな気がしないかい?」
バルトの話を引き継ぐように、トルステンが目を細めて向こうの山を見やりながら言う。先ほどのシウンの様子ならありそうな話である。
「ナザールの里にいきなり龍が飛んできたら、どうなるだろうね」
「……いや、もういいです。行きましょう」
笑顔で恐ろしい事を口にするトルステンをマリコは押し留めた。里の人たちが驚くのもともかくだが、エイブラムやブランディーヌの反応の方が恐ろしい。
「でも、目が覚めたって言ってましたし、向こうにも別の龍が居るってことなんでしょうね」
遠くから聞こえてきた声も龍のもののようだった。山の向こうに少なくとももう一頭居るのは間違いないだろう。
「そのことなんだけど……」
カリーネがはいと手を挙げる。マリコがシウンと話している間に、こちらはコウノに少し話を聞いたのだそうだ。
「詳しい事までは聞けなかったんだけどね。コウノちゃんが言うには、何でもあっちにおじいさんが居るらしいのよ」
「おじいさん」
高齢の龍ということなのか、本当に祖父ということなのかまでは聞けなかったそうだ。人型になった時の見た目と話し振りからすると、シウンとコウノはそれなりに若そうである。雰囲気からするとミランダなどと同世代と言ってもおかしくない。
(それであのサイズなんですから、そのおじいさんとなると……)
もしも龍が爬虫類的な成長をするなら、年齢が高いほど身体が大きいということになる。一体どんな巨龍が待っているのか。今度こそフィールドボスクラスなのではと思いながらも、マリコは坂を下る足を速めた。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
※「誤字報告機能」というものが実装されております。誤字を見つけたページの下部右側の「誤字報告」から行けます。ご指摘の際はご利用ください。




