381 ドラゴンスレイヤーへの道? 8
ともあれ、中間形態とやらに変化したシウンは、確かに先ほどの完全な人型の時より強そうに感じる。プロポーションはほとんど変わっていないというのに、この差は一体何が原因なのかとマリコは思った。そのマリコの表情に浮かんだ疑問に気付いたらしいシウンが言う。
「やはり、尾と翼があるかないかで大分違う」
「なるほど。しっぽについては分かるな」
審判役として傍に居たミランダが頷くのを見て、マリコも何となく納得した。ミランダが身体を動かす時にしっぽをバランサーのように使っているのは何度も見て知っている。それと同じなのだろう。
二人を見比べてみれば、シウンの龍のしっぽの方がミランダの猫のしっぽより長く、重さもありそうだ。確かにいきなりそれが無くなったら、それまでと同じ様に身体を動かすのは難しいだろう。自分に当てはめるなら片腕が無くなるようなものだろうかとマリコは思った。次いで、もう一つの単語に引っ掛かる。
「翼?」
「うん、翼だ。ほら」
マリコの言葉に頷いたシウンはバサリと翼を広げて見せた。背中から左右に伸びたそれはコウモリの翼を鱗で覆ったような、マリコがかつて漫画などで見たいわゆる「龍の翼」である。伸ばした腕と同じくらいまで広がったそれを、シウンはバサリと一度羽ばたかせてまた畳んだ。
「それ今、どこから出てきたんですか!?」
「え? ああ、正面からだと見えにくいか。ほら、こうなっている」
シウンはそう言ってマリコに背を向けると、髪をかき上げて見せた。腕の付け根と背骨の間に、折り畳まれた腕のような物がもう一組ある。鱗に覆われたそれはシウンの腕よりもやや細く、長さは肘から先くらいだった。長い髪が被さって大部分が隠れていたので、マリコからは見えていなかったようだ。
「で、広げるとこうだ」
と、後ろを向いたまま、もう一度広げて見せる。薄い皮の膜が付いた腕のような翼が、確かに背中から生えていた。それをまた畳んだシウンは持ち上げていた髪から手を放す。フワリと髪が被さると、やはり畳まれた翼はあまり見えなくなった。
「これなら力以外は大体元のままのはずだ。二本目はこの姿でやらせていただきたい。もちろん、空を飛んだりブレスを吐いたりはしない。どうだろうか」
「ブレスって。まあ、構いませんけれど」
「ありがたい。では早速……」
「ねえ、シウンちゃん?」
二人が一本目の時と同じ位置に着こうとしたところで、とてとてと近づいてきたコウノがシウンを呼び止めた。
「なんだ?」
「さっきもらった下着はどうしたの?」
「いや、この姿で穿いたら鱗に引っ掛かって解れるだろう? ちゃんとアイテムボックスに仕舞ってある」
「鱗? え、じゃあ、今の姿は……」
マリコは驚いてシウンの姿を見直した。小さな鱗状の装甲板がビキニの形にきっちりと並んでいるように見える。しかし、よくよく見てみると、それはシウンのしっぽを覆う鱗も同じで、しかもしっぽの付け根とビキニのボトムは境目無く繋がっている。籠手やブーツに見える部分も手足の先は指が分かれており、さらに指先にはちゃんと爪が生えていた。ビキニアーマーは服ではなかったのである。
(確かにこの上に下着を着けたりすると傷みそうですし、この姿で服を着ろって言うと元の龍の姿の時にも着ないとおかしいということになりそうな気がしますし……)
下着を着けた龍というのもなかなかにシュールな気がする。結局のところ、人型であるからこそ裸かどうかが気になるものらしい。そして、幸いな事に今のシウンは裸体には見えない。
(ビキニアーマー状態であることには変わりないんです。例え「生」であったとしても)
マリコはそう考える事にした。顔を巡らせてミランダやカリーネたちを見ると、皆思いは同じらしく誰も何も言わなかった。バルトとトルステンもこちらを見ているが、特に突っ込まれてはいない。
「えー、それではマリコ殿の一本先取というところから。双方、準備はよろしいか?」
「ええ」
「ああ」
マリコが納得した様子を見て取ったミランダが声を掛け、二人は頷いた。シウンは広げた翼を軽く羽ばたかせてツイッと滑るように開始位置に着く。そのまま、翼を半ば開いた状態で構えた。
(ああ。翼も身体の一部ですもんね)
しっぽと同じく、翼が無い状態では身体のバランスが普段とかなり違うだろう。それが戻ったということは。
「では二本目……、始め!」
ミランダの手が振り下ろされる。いきなり突っ込んできた一本目とは違って、シウンはその場でトントンと軽く跳ねるように足踏みを始めた。その動きに合わせて翼もゆらゆらと動く。対するマリコは摺り足でゆっくりと左へ動いた。そのマリコを正面に捉えるように、シウンも足踏みしながら向きを変えていく。
「ホアチャッ!」
二人の動きが円の四分の一ほどを描いたところで、シウンが飛び出した。先ほどと同じく、右の拳が突き出されてくる。
(速い!)
さっきとは違う意味でマリコは目を見張った。シウンの拳を辛うじて手刀で弾いてくるりと振り返る。バシンと音が聞こえたかと思うと、そこにはもう次の拳が迫っていた。スピードが段違いに上がっている。
「ホアッ! チャッ! チャッ! チャッ! チャッ!」
「はっ、とっ、やっ、とっ、たっ!」
往年の香港映画のような掛け声と共に左右の拳が次々に飛来する。マリコは掌底でその全てを弾いた。しかし、拳を横に逸らされてもシウンの姿勢は崩れない。翼を小刻みに動かしてバランスを保っているのだ。おお、と感心したマリコの目が、シウンの身体の向こうで振り下ろされるしっぽを捉えた。
「ホアチャア!」
バシンという音と共にシウンの前蹴りが繰り出される。これまた中国拳法のような、横にした足首が真っ直ぐに胸元へと伸びてくる鋭い蹴りである。シウンはしっぽで地面を叩くことで突進の勢いを増しているのだった。
「くおっ!」
その蹴りを、マリコは両の手の平で受け止めた。その足を上へと跳ね上げ、同時に軸足を払うべく下段への回し蹴りを放つ。
「えっ!?」
しかし、マリコの回し蹴りは空を切った。シウンは、跳ね上げられた片脚に合わせるように軸足も蹴り上げたのだ。その勢いのままにバク転していくシウンにマリコは目を見開いた。普通ならそんなことはできない。だが、シウンにはしっぽがある。蹴り出した足を跳ね上げられる瞬間、シウンは地面に着けたしっぽを軸にして回転したのだった。
(厄介ですね。脚が三本あるようなものです)
バク転の途中で翼を動かしてふわりと着地するシウンを見ながらマリコは思った。シウンは再びトントンと、構えたままの足踏みを始める。
「ホアッチャア!」
再び、シウンの連撃が始まった。今度はマリコも受けるだけではない。互いに突きや蹴りを繰り出しては、それを止め、弾き、あるいはかわす。時折相手の身体を掠めたり、浅く当たったりはするものの決定的な一打はなかなか出ない。
何度か拳を交え、二人はまた距離を取った。マリコは大きく息を吐いて額の汗を拭った。同じく、一連の攻防はシウンにとっても気楽なものではなかったらしい。噴き出した汗で肩の辺りが濡れて光っている。足踏みしつつ息を整えているようだ。
「なら、今度はこちらから!」
マリコは上体を倒し、低い姿勢で突っ込んだ。ボディか脚を取りに行く体勢である。これは拳より蹴りの範囲内だ。今度はシウンが回し蹴りで迎え撃つ。だが、それはマリコの想定内だった。一瞬地面を蹴り、横一文字になるように身体を浮かせる。その下をシウンの脚が唸りと共に通過していった。
流石のシウンも、脚としっぽを同時に繰り出すのは難しい。それではどちらにも力が入りきらない。逆に片脚としっぽで踏ん張るなら、蹴りの威力は大きくなる。今の場合がそれだった。シウンの蹴りをやり過ごしたマリコは、目の前に現れた太いしっぽを抱え込む。そのまま、回し蹴りの後を追うように自らの身体を捻った。
「なっ!? ガフッ!」
元々回っていたところへさらに捻りを加えられたシウンは、半回転して腹から地面に落ちた。次の瞬間、背中にのしりと重さが掛かり、広げかけていた翼の根元を極められる。抱えられたしっぽは限界近くまで反り返らされており、蠍固めをかけられたような形になっていた。
「ガ、ギギッ」
まだ手足こそ動かせるものの、反撃するどころではない。下手に動けば、先に翼かしっぽを折られることになるだろう。しっぽと翼がミシミシと不穏な響きを立てる。シウンはバシバシと地面を叩いた。
「ま、参った! 私の負けだ!」
「……ふう」
息を吐き出したマリコが立ち上がり、手を伸ばす。その手を取ってシウンが身体を起こしかけた時、遠くでゴアアと声が響いた。
最後がプロレスに(汗)。
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