378 ドラゴンスレイヤーへの道? 5
赤い龍の仕業らしい今度の虹色の光の渦は、さっきのシウンの時ほどさっさとは消えなかった。中で何かゴソゴソやっている気配がする。それでも十ほど数えるうちに、またその渦の中から声が響いた。
「人族は服という物を身に纏うものなんですよ……でしたよね?」
またしても女性の声である。シウンと比べてどことなく自信の無さそうなその声と共に光の渦がサッと落ちるように消え、そこに立っていたのはシウンよりやや小柄な少女だった。マリコと同年代――二十歳前後――に見えたシウンよりもう少し若そうに見える。色こそ赤いものの、波打つ髪はシウンと同じように背中に届いていた。
「だからシウンちゃん、私たちも人族の姿を取る時には服が必要なんです、よ?」
「そうだったか? しかしコウノ、ちゃんはやめろ、ちゃんは」
「「「「「……」」」」」
シウンが足を止めて振り返り、その動きにつれてまた胸がゆさりと揺れたが、マリコたちは最早そんなものに気を取られてはいなかった。点になった目を、新たに現れた少女に向けている。流石に続けて迂闊なことはしたくないらしく、バルトはトルステンと一緒に後ろを向いていた。
このコウノと呼ばれた少女は自分で言った通り衣類を纏っている。ナザールの里でも男たちがよく着ている、襟の付いた生成りの長袖シャツ、つまり現代日本でいうところのワイシャツの形をした服を身に着けていた。シウンと違って、確かに素っ裸ではない。
だが、それだけだった。ワイシャツ一枚きりである。
しかも、気にしていないのか、そもそも身体に合わせるということを知らないのか、明らかにオーバーサイスである。肩は落ちているし、袖口は手の平まで届いて指先だけがそこから覗いていた。逆に丈が長い分、裾が膝辺りまで届いていて、無理をすればワンピースを着ていると言い張れないこともない。
ただし、それも前が開いていなければ、の話である。コウノはシャツのボタンを一つも留めていなかった。シウンと比べて幾分ささやかな胸――ミランダくらいである――の谷間から下半身に掛けて、身体の中心線がすっかり曝されている。それはマリコの知識に鑑みれば裸ワイシャツ、それも「彼のシャツは大きいの」という彼シャツ状態であった。
その上、自信無さそうにモジモジしているものだから、何となく恥ずかしがっているようにも見える。マリコたち五人はなんとなく顔を見合わせて頷き合った。堂々とした素っ裸より恥ずかしそうな裸ワイシャツの方がずっとエロいのだと、認識を新たにしたのである。
「ふむ……、こうか!」
コウノの姿に気を取られていた一行は、ふと聞こえたシウンの声にそちらを向く。するとシウンの身体はまた虹色の光に包まれ、それが消え去るとコウノと同じく裸ワイシャツ姿になっていた。前が開いているところまで同じである。
「これでいいんだな!」
「ええと、多分……」
満足気に問うシウンに、自信無さ気に答えるコウノ。マリコはため息を吐いてぱちんと額に手を当てた。ふと仲間たちに目を向けると、カリーネたちはどうぞどうぞとシウンたちの方へ手の平を向けている。絡まれたのがマリコだったので、対処も任せるつもりらしい。ミランダは何とも言えない表情をシウンに向けたまま黙っており、残る男二人は後ろを向きっぱなしである。マリコはもう一度はあと息を吐き出すと、二人に向き直った。
「いいわけないでしょうが!」
「「え!?」」
「とりあえず、シャツのボタンを留めてください。あとはせめて下着と、スカートなりズボンなりを穿いてください。そんな丸出しでどうしようって言うんですか」
言うなり二人にツカツカと近付くと、さっさとボタンを留めてやった。二人が「お」とか「え」とか言っているがお構いなしである。裸ワイシャツのままではあるが、それでやっと丸見えだったものが一応隠れた。それが正しい着方だとようやく分かったようで、二人はボタンや合わせ目をいじりながら「ほう」とか「へえ」とか言っている。やがてシウンが顔を上げてマリコを見た。
「教えてもらったことについては礼を言う。それで、したぎ? とか、すかあと? それに、ずぼん? というのは何だ?」
「え? ええ?」
本気か? と思ったマリコがコウノに目をやると、こちらもうんうんと頷いている。本気らしい。どうやら二人の知識は「人族は服というものを着る」というところ止まりのようである。マリコは再び額に手をやった。とは言え、ここまで来て放り出すわけにもいかない。マリコは自分とミランダの下半身、続いてバルトとトルステンを指差した。
「私と、このミランダさんのがスカートです。それで、あの二人が穿いているのをズボンといいます」
「ほう。では、これはすかあとということなのか?」
シウンはそう言って自分の着ているワイシャツの裾をつまんだ。ダボッと大きいそのシャツの裾は膝辺りまで届いている。一方、マリコとカリーネのロングタイプメイド服はともかく、ミランダたち三人のショートタイプは太股の半ばまでしか裾が無い。しかもメイド服はワンピース型である。
「え、ええと、それは……」
ワイシャツの裾がスカートではないということはマリコにも分かる。だが、それを納得できるように説明することはマリコの手に余った。
「カ、カリーネさん! ちょっと助けてください!」
応援を呼び、ああだこうだと解説してもらって、ようやく「そういうものらしい」とシウンたち二人に納得させた。しかし、まだ終わりではなかった。
「したぎ、というものなのだが……」
「ええと、服の下、つまり内側に着けるもので……」
マリコの買い置き下着――紐パンである――を見せて説明したが、下着の概念を持たない者に分かってもらうのは甚だ困難だった。そもそも、穿かれていない紐パンの形から穿いている状態を思い浮かべろというのが無理な話である。
(私は一体、何をやっているんだろう)
マネキンでもあれば別なのだろうが無いものは仕方がない。実例を見せて分からせるのが最も確実である。スカートの裾を持ちながら、マリコは遠い目をして息を吐いた。
◇
結局、二人には一枚ずつ紐パンを進呈することになった。他の衣類については、今のマリコのアイテムストレージにはまともなものがない。こちらにあるかどうかも分からない、布地少な目のチャイナドレスやナース服を渡してそれが普通とか思われてしまっては、先々絶対に困ったことになる。衣服の感覚に慣れないのだろう、しばらく身体を曲げ伸ばししたりジャンプしたりと具合を確かめていたシウンが、やがてマリコの前へと戻って来た。
「これでようやく話の続きができる」
「はい」
「とにかく、ここから始めなければいけないらしい。勝負だ、マリコ殿!」
「は?」
シウンは言うだけ言って十歩ほどの距離を飛び下がり、素手のまま構えた。どこかで聞いたような口調とセリフに、マリコは思わず後ろを振り返る。ミランダは知らないとばかりにブンブン首を振った。
全裸龍は、ワイシャツ紐パン龍へと進化した(笑)。
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