376 ドラゴンスレイヤーへの道? 3
白銀の龍は山一つ向こうの森の上で、翼を上下させなから中空に留まっている。翼の生えたトカゲのような身体の形が分かる以上、その顔が真っ直ぐこちらに向けられていることも一行から見て取れた。
「あれは、気付かれたのか!?」
「待て。様子を見よう」
岩陰に半ば隠れたまま反射的に刀の柄に手を掛けたミランダを、バルトの意外に落ち着いた声が制した。ミランダは「む」と小さく唸った後、息を吐いて柄から手を離した。考えてみれば、この距離で刀を抜いて何ができるというのか。むしろ、敵意があることを明らかにするだけだろう。
(まあ、相手も人であるなら、という話だが)
そう思いながらふと周囲に目を向けると、マリコはじっと龍を見つめている。バルト組の面々も、内心は分からないが見た目には特に気負った様子は無い。トルステンに至ってはその細い目を後ろに向けていて、周辺への警戒を忘れていないのがミランダにも分かった。
(ふむ、これが探検者としての経験の差か)
剣の腕はそれなりに上がってきたと思うし、野豚狩りの経験は積んでいる。それでもやはりどこか浮き足立っていたのだな、とミランダが己を省みていると、誰かがあっと声を漏らすのが聞こえた。慌てて前に目を戻すと、こちらを見据えていたはずの龍が向きを変えている。
白銀の龍は顔を下に向け、口を開いたように見えた。恐らく吠えたのだろうが、距離のせいか流石に声までは聞こえてこない。マリコたちがそれぞれ物陰から見守る中、程なく龍はその場で高度を下げ始めた。そのまま下がり続け、やがて間に生えた木の陰に隠れて見えなくなる。
「どうしたんでしょう?」
マリコはバルトに目を向けて、半ば独り言のように疑問を口にする。
「前回も似たようなことはあった。もちろんその時はこっちを見てはいなかったけど、前の通りなら次は赤い龍が上がってくるはずだ」
二頭が交代で空を飛んでいるようだとは、タリアへの報告で話されていた事である。さらに続いたバルトの話によると、数分から数十分の間を置いて飛び上がってくるそうだ。どちらかが飛んでいる時間よりもどちらも降りている時間の方が長かったということで、そういったことも含めて「見張りとして飛んでいる」のではと推測したのだという。
「とりあえず、この場で待機、かな」
前に注意を向けつつ、一通り話し終えたバルトはそう言った。向こうがこちらを発見したように見える以上、殴り込むのでないなら迂闊に近づくべきではないということらしい。だが、龍がどんなものか調べるという意味では今逃げてしまうわけにもいかない。何せまだ遠目に姿を見ただけなのだ。
今マリコたちが居るのは山の頂付近で、岩が露出している所には木が生えていないので方向によってはある程度見通せる。しかし前方、つまり龍が見えた方へ向かうなら、尾根を降りて木々の深い所に向かわなければならない。森に入ってしまえば、隠れられる場所が増える代わりにこちらも相手を見つけにくくなるのだ。
「それに、もし本気で逃げなきゃならなくなったとして、山を駆け上がるより駆け下りる方がいいと思わないかい?」
バルトの話を引き継ぐように、トルステンが麓、つまりナザールの里がある方を指差して言う。龍が居る方へ向かって降りるというのは、つまり山を背にするということでもあるのだ。
結局、向こうから来るのなら少しでもマシな位置取りをしておくべき、ということであり、マリコとミランダにも否やは無かった。もし近付いてこないようなら、その時改めて考えればいいのだ。
待つことに決めて十数分後、サンドラの声が響いた。
「あっ、上がった。銀色!」
その声にトルステンを除いた皆の目が前を向く。先ほど降りた辺りから再び白銀の龍が姿を現した。ある程度高度を取った後、ゆっくりと旋回する。一回りしてその顔がこちらを向いたところで旋回が終わった。
「やっぱりこっちに来る! これは、え!?」
何か言いかけたサンドラが驚いた声を出す。何が起こったのかはマリコにも見えていた。
「赤……、二頭目……」
白銀に続いて、赤い身体の龍がゆっくりと空に上がってくる。白銀と同じ高さに達したところで、こちらは旋回することもなく白銀を追って向きを変えた。翼を羽ばたかせてはいるものの、その力だけで飛んでいるようには見えない。マリコたち七人が居る頂へと、二頭の龍が宙を泳ぐように近付いてくる。
「どうなさる、マリコ殿!?」
その場を動かないマリコの傍へ駆け寄ったミランダが叫ぶように言う。その右手が時々わきわきと動くのは、刀を抜きそうになっては押し留めているのだろう。マリコはその手をそっと握った。
「多分、大丈夫です。ほら、襲ってくる感じじゃありません」
殺気が無い、とでも言えばいいのだろうか。距離が詰まって細かいところまで見えるようになった二頭にはそういった危険を感じられない。むしろ、興味を持ってこちらを見ているように見える。微妙に形は違うが、二頭とも角が頭の両脇から流れるように優美に伸びており、背中から尾にかけて背びれ状のものが生えていた。
やがて、二頭の龍はマリコたちの頭上近くに達した。バルトは皆に声を掛け、山の頂から少し下がった所に全員を呼び集めた。辺りでそこが最も開けていたからである。龍たちは上空で二度ほど旋回した後、ゆっくりと舞い降りてきた。風が巻き、マリコのスカートがはためく。
やがて、白銀の龍がマリコたちの正面に、赤い方はその斜め後ろに降り立った。地響きを立てることもない、ふわりとした着地である。目の前に来るとやはり大きい。遠目に見た通り、全長十数メートルというところだろう。
「マ、マリコ殿!?」
迷い無く足を踏み出したマリコに、ミランダが思わず声を上げる。しかし、マリコにはもう、眼前の龍の正体が分かっていた。少なくとも、いきなり襲われることはないだろうことも。
(シウン……)
マリコは不可視モードで開いたメニューに目を向ける。先ほど、龍が飛び立つのを待っている間に開いておいたのだ。その中のシウンの項目、グレー表示のアイコンには、目の前に居る白銀の龍が全く同じポーズで映し出されていた。おまけに今はその前に、後姿のマリコ自身が映り込んでいる。最早疑う余地は無かった。
シウンは近付いてくるマリコに目を向けた。しかし、両者の顔には数メートルの落差がある。見辛かったのだろう、シウンは足を曲げてその場に座り込んだ。それでもシウンの顔の方が大分高い位置にあるがまだマシである。シウンが改めてマリコを見下ろし、ヒュゴゴと音を立てて息を吸い込んだ。
「ヒトヨ……」
「「「「喋った!?」」」」
割れ鐘のような響きだったがそれは確かに「声」で、流石のマリコたちも揃って仰天した。
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