375 ドラゴンスレイヤーへの道? 2
ため息のようなかすかな声と共にまぶたが震えた。銀色の毛に覆われた耳がピョコリと一振りされ、その目がゆっくりと開く。夜明けが近いのだろう、テントの中は薄明るくなりかけていた。横たわったまま、ううんと伸びをしようとすると、その手が伸び切る前にテントの端に触れる。ミランダは斜め上に腕を伸ばして改めて伸びをした。
毛布をめくって野営用の薄手の敷物の上で起き上がり、首を左右に曲げるとパキパキと解れる音がする。昨夜は途中で起こされなかったので、マリコの布団挟みは上手くいったようだ。そう思いながらマリコの方へと顔を向けた。
「うえっ!?」
ギョッとして思わず声が漏れた。二つ折りにされて縄が掛けられた掛け布団の隙間から、むき出しの腕と脚が一本ずつ飛び出していた。身体こそ布団の中に隠れているが、はみ出た手足は付け根近くまで見えている。その様子が、何かに喰い付かれた獲物のように見えたのである。
その正体が寝ているマリコであると思い出してふうと息を吐いた後、ミランダはその手足の傍にできている小山に気が付いた。黒い布の大きな塊の上に白っぽい布の塊と、赤いお椀状の布が二つ繋がった物。どう見ても、マリコが身に着けていた物である。
「暑かったのであろうが、何とも器用な」
二人に限ったことではないが、野営中は服のまま眠るのが普通だった。しかし、夜にはまだかなり気温が下がる時期とは言え、その格好でずっと布団に包まれていれば流石に暑いだろう。どうやったものか、マリコは縄を解くことなく着ていた物を脱ぎ捨てたようである。それでも足りずに手足を外に出していたのだと思われた。
しばらく呆れたようにその様を見ていたミランダだったが、程なくすべきことを思い出した。
「マリコ殿。朝だ、起きられよ」
布団に巻きついた縄の端を引いて解き、肩を揺する。やがて起き出した半裸のマリコは、自分がどうやって脱いだのか覚えていなかった。
◇
「まだいるよ。今は白っぽい方が飛んでる。で、まだ次の山の向こうだけど、やっぱりこないだより少し近付いてるみたい」
斥候というほど離れたわけではないが、一人山頂まで上がって様子を見てきたミカエラが言った。その手には木の枝と草でできたスカスカの盾のようなものを持っている。近くにあった材料を使って作った即席のカモフラージュである。
これの隙間から覗いている分には遠目からではまず見つからないだろうが、当然ながら視覚に頼らない相手には通用しない。多分に気休めではあるが、向こうの能力が分からない以上、できることはやっておいて損は無い。
一行は今、前回バルトたちが龍らしきものを見たという山の、頂のすぐ手前に固まっている。時間は昼を少し過ぎた辺り。昨夜の野営地を出てここまで来る途中、一度クマと遭遇したせいで最速の予想ほどは早く着かなかったのだった。
「ならとりあえず皆で上がってみるか」
相手が空を飛ぶ以上、山一つ分の距離がどれだけ安全を担保してくれるかは分からない。だが、隠れ続けていたのでは相手の正体も確かめられない。バルトの言葉は提案というより確認で、特に反対する者もいなかった。
全員で山頂まで登り、木や岩の陰から代わる代わる様子を窺う。空を舞う龍はバルトたちが報告した通り、ホバリングしたり小さく旋回したりと、移動しているというよりその場に留まっている様子だった。鱗が太陽の光を反射するのか、時折その身体がキラリと輝く。
「あれが、龍……」
距離があるせいでトカゲほどにしか見えないが、その下辺りに生えている木々はマリコたちの周囲にあるものと同じ種類であるようだ。高さも同じくらいだとすると、あの龍の全長は十メートルを超えるだろう。逆に、大きくても二十メートルは無さそうに見えた。
少なくとも最大級のフィールドボスサイズではなかったことに、マリコは密かに胸を撫で下ろした。大きさだけで判断するならダンジョン内に出てくるタイプで、数人のパーティーで何とかなる相手である。もっともそれはゲームでの話であって、今見えているあれもそうだとは限らない。
そして、もう一つ疑問が浮かぶ。
「あれ、白じゃなくて銀色じゃありませんか?」
「ああ、前の時はここまではっきり見えなかったんだが、どうやらそうらしいな」
バルトが言うには、前回はほとんど曇っていたのだそうだ。そのため、今のように輝くこともなく、幾分靄が掛かっていたこともあって白か白っぽい灰色にしか見えなかったのだと言う。しかし、今遥か前方を飛んでいる龍は、どう見ても白っぽい銀色をしていた。
(白銀の龍……)
その言い回しで思い出されるのは、マリコの騎龍だったシウンである。だが大きさが違う。人が乗るのに合わせたのだろう、騎龍の身体は大型のウマ程度で、首と尾を含めても十メートルには届かなかった。しかしそれもゲームの時の話である。
(メニューを見れば確かめられるんですけど)
操作不可のグレー表示になってはいたが、召喚獣のタブには動いているシウンが表示されていたのだ。それが現在のシウンを映しているのなら、ウィンドウ内のシウンと山の向こうを飛んでいる龍は同じように動いているはずだった。そう思いながら、目だけを傍らに立つバルトに向ける。
バルトたちも加護を受けていることは先日知った。だが、その内容がどんなものなのかまでは詳しく知らない。バルトたちもメニューを使えるのなら、バレたところでお互い様で済むかも知れない。しかし女神の話からすると、メニューを開いて操作できるというのはかなり特別な事のようである。
それはそうだろうとはマリコも思う。自分のスキルや容姿を自ら操作できるなど、どう考えても人の領分を越えている。そんなものを迂闊に披露するわけにはいかない。アイテムボックスをいじっているふりをしようかとも考えたのだが、今それを開くのは流石に不自然である。
バルトたちの加護について、女神にもう少し詳しく聞いておけばよかったと思ったものの、今はどうしようもない。今度聞いておこうと、気を取り直してマリコは再び龍の方へと目を向ける。
そこで、龍と目が合った。気のせいなどではない。互いの顔さえ判別できないような距離を隔てているにも係わらず、何故かマリコはそれを確信した。
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