374 ドラゴンスレイヤーへの道? 1
空は青く晴れ、初夏の強い日差しが降り注いでいた。しかし、人の手が入っていない山は木々に覆われ、陽光はその茂る枝葉に阻まれてほとんど地面まで届かない。山の中は昼間だというのに薄暗かった。
同じく木々に遮られて風もさほど吹き抜けず、じっとしていれば葉ずれの音くらいしか聞こえないだろう。感じられるのは生きた木々の匂いと落ち葉や倒木が腐敗して土に帰っていく匂い。それらが混ざり合い、風の無さと高めの湿気のせいでより強くなっているようだった。
そんな森の中を進む人影があった。数は七つ。もちろん、マリコとミランダを加えたバルトの組である。ナザールの里を出発して三日目を迎えていた。先頭を進んでいたバルトが立ち止まり、周囲に視線を巡らせる。
「そろそろあるはずなんだが……、ああ、あったあった」
そう言って少し進んでから振り返る。マリコたちがバルトに追いつくとそこだけ草木が生えておらず、地面に二メートル角ほどの石板を敷いたようになっていた。その中央には高さ一メートルほどの、同じく石の柱が立っている。ここまで来る間に、マリコは同じ様な物を何度か見かけた。もちろん自然にそうなっているわけではない。トルステンの土系統魔法で作られた目印なのである。
――これなら一年や二年で見つけられなくなることはないからね
どうして「目印」がこんなに大きいのかと聞いたマリコに、トルステンはこう答えた。自分たち用の目印としては、木の枝を折っておくといった簡易な物でも事足りるのだが、「龍が!」という理由がある以上、後にやってくるのが自分たちだけとは限らない。逆に「危険だから近付かない」という結果になるなら、こちらに来るスパンは長くなるので簡易な物では無くなってしまったり、伸びる草木に埋もれてしまう可能性が高い。
そのような理由から、数年はもちそうな物を作ったのだそうだ。確かにこれなら石版の上に草は生えないし、次に来た者が被さった土や草をどけていけばそう簡単に見つけられなくなることはないだろう。もちろん、山崩れなど地形が変わるほどのことがあれば別だが、今そこまで想定しても仕方がない。
「もう少し進めば開けたところへ出る。前の時の、最後から二番目の野営地だ。ちょっと早いけど、今日はそこで泊まりにしよう」
殿を務めるトルステンが追いつくのを待ってバルトは言った。いつもの黒っぽい革鎧姿で、マリコから贈られた大剣は背負ったままである。代わりに今はその手に薄刃の山刀――いわゆるジャングルナイフ――が握られていた。
本来なら道無き道を進むのに大活躍するであろう山刀は、今のところあまり振るわれていない。一カ月も間が開けば別だろうが、バルトたちがここを通ったのはわずか数日前のことだ。その時に拓いた道をなぞる分にはさしたる支障も無く、時折道を広げるのに使う程度である。
「今日中にこないだの山まで行くんじゃないの?」
赤毛のミカエラがはいはいと手を挙げて聞く。途中からは道を切り開きながら進まなければならなかった前回と違って、その道をなぞればいい今回は移動に掛かる時間が大分短縮されているのだそうだ。その上、戦わねばならないような動物とかち合うことがほとんどなかった。
実際、里を出て早々に数頭の茶色オオカミの群れに出くわしただけである。この群れも出くわしはしたもののさっさと逃げてしまったので、一行は今のところ何とも戦っていない。これも前回から間が開いていない分、動物の方もまだ警戒しているのだろうとバルトは言っていた。
そうした理由もあって、前回バルトたちが四日を要した往路の八割以上を、今回は二日半ほどで踏破している。ミカエラの言った通り、少し急げば今日中に目的地に辿り着けそうなところまで来ているのである。
「行けなくはないだろうが、もし途中で何か出たらなあ。着くのが夜になるか、その手前でもう一度野営場所を作らなくちゃならなくなるぞ」
「あ、そっか」
前回最後の野営地は、バルトたちが龍らしきものを見た山の頂よりやや下った場所にあった。相手を観察するために、向こうから見えない位置まで下がって設営したからである。そこまで行くのに夜の山中を進むのはバルトの立場からすれば避けるべきであるし、野営地まで行けずにすぐ手前にもう一つ野営地を作るのは流石に無駄であろう。
「次のとこからなら、早ければ昼前には着けるだろうし、よっぽど遅れなければ夕方になることはないだろう。それでいいか?」
それ以上意見は出ず――マリコとミランダは現場の状況が分からないのでもちろん黙っていた――、一行は再び歩き始めた。
「やっぱりここにもあるんですね」
やがて今日の目的地へと着いたマリコは、そこにある物を見てつぶやいた。ここまで来る途中でも泊まる場所には必ずあったそれは、前にアドレーたちと西に向かった時にトルステンが作った、石造りの風呂場とトイレである。本当に泊まる度に作って置いてあるらしい。
もちろん、湯船などは持ち帰っているので、その場に残っているのは外側だけである。野営の準備の一環として、カリーネのアイテムボックスから取り出された湯船やすのこが再び設置されていく。カリーネたちも最早慣れてしまったようで、マリコとミランダが食事の準備をしている間にお風呂の準備も整っていた。
◇
「さて、マリコ殿。観念されよ」
夜、最早寝るだけとなった頃、テントの中に敷かれた布団に座るマリコに、ミランダが手にした縄をしごきながら近付いた。流石に寝巻きに着替える訳にはいかないので、二人ともエプロンをはずしただけのメイド服姿のままである。
「うぅ、やっぱり縛られるんですか……」
情け無さそうな顔を向けてくるマリコに、ミランダの眉がピクリと上がる。
「こちらが悪い事をしているような顔をされるのはやめられよ。全ての原因はマリコ殿、貴殿であろうが」
「それはそうなんですけど」
「少々転がるのは普通であろう。抱きついてこられるのも、ま、まあ、致し方ない」
ミランダはやや目を泳がせながら言った。心なしか頬に朱が差しているように見える。だが、それを振り払うように「しかし」と続けた。
「腕を喉に巻きつけるのは勘弁願いたい。昨夜は本気で、息が詰まるところだった」
「申し訳ない」
「他に防ぐ手立てがあるなら申されよ」
「……ありません」
「それでは横になられよ」
「はい……」
マリコは敷き布団の上に裏向きに敷いた掛け布団、その端寄りに身を横たえる。近付いたミランダが掛け布団の半分、広い方の端を持ってマリコに掛けてやると、マリコの身体は、二つ折りになった掛け布団にはさまれた形になった。
ミランダはその胸の下と膝上の二カ所で掛け布団の下に縄を通し、それぞれキュッと蝶結びにした。布団巻きならぬ、布団挟みである。次に、結び目から長く伸びた縄の端を布団の合わせ目から中へと押し込んだ。
「どうだ、マリコ殿」
「大丈夫です」
布団の中から縄の端がつかめるのを確認する。こうしておけば、危急の際には自分で縄を解くことができるのだ。水門決壊の心配をせずに済む。ミランダは頷いて、自分もごそごそと寝床に潜り込んだ。
「おやすみ、マリコ殿」
「おやすみなさい」
テントの中を照らしていた灯りが無効化され、夜闇が二人を包んだ。
ミランダが進軍してきたマリコキャタピラに踏み潰されたかどうかは不明です(笑)。
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