038 厨房の攻防 5
スプラッタ注意報継続中です。
鶏を捌いています。そんなに生々しくはないと思いますが、苦手な方はご注意ください。
ゲームでは、キャラクターのレベルとは別に、それぞれのスキルにも一から二十までのレベルが設定されていた。当然、スキルレベルが高いほどスキルの威力や効果も高くなる。キャラクターは、レベルごとに決められた修行やクエストをクリアした上で、スキルポイントを使用してレベルアップしていくのである。
また、スキルを習得したりスキルレベルが上がったりすると、そのスキルに関係のある特定のステータスも上昇する。例えば調理スキルの場合、レベルアップによって主に器用度が上昇し、少々ではあるが筋力や体力も上昇する。
そのため、冒険や戦闘がメインのキャラクターがステータスの上昇を目的として、普段は使うことのない生産系スキルの習得・レベルアップを行うことは、絶対とまでは言わないものの、ごく一般的に行われていた行為である。マリコの調理スキルも元々はステータス目当てに習得したものだったが、調理自体にそこそこハマったせいで最後にはスキルレベル十八に達していた。
傲慢といえば傲慢な話ではあるが、古参プレイヤーの間では「得意なスキルと言うからには、レベル二十は当たり前」という暗黙の認識があった。頻度はともかくプレイ期間は八年以上と、十分古参と言える立場だったマリコも周りにつられてなんとなくそう思っていたので、レベル十八に留まっている自分の調理スキルに対して、得意とか上手いとかいう意識を持っていなかったのである。
なお、公式HPには一種のフレーバーとして、スキルレベルと実際の腕前の関係が次のように書かれていた。
・レベル一~七:趣味レベル。初心者、素人クラス。
・レベル八~十二:実用レベル。経験者、アマチュアクラス。
・レベル十三~十六:専門家レベル。上級アマチュア、プロフェッショナルクラス。
・レベル十七~十九:達人レベル。上級プロフェッショナル、名人クラス。
・レベル二十:限界レベル。人間国宝クラス。
◇
いくら血抜きしてあるとは言え、捌いていけば体内にいくらか残った血が滲んでくる。マリコは切り分けた鶏が入ったボウルを流しに運ぶと、中身を軽く水洗いしていった。水洗いを終えたそれらはタリア達に任され、昼用に使う分以外は冷蔵庫へと片付けられていく。
次にマリコはミランダを助手に鶏ガラを洗っていった。桶の水に浸けながら血や残っている内臓の欠片を取り、ミランダに柄杓で水を掛けてもらってすすぎ、終わったものはスープ用の寸胴鍋にどんどん放り込んでいく。内臓をこそげた手で水桶の水を汲むのが嫌だったマリコが編み出した苦肉の策である。
(今はミランダさんに水道の役をやってもらってるからマシだけど、これ一人だったら面倒だなあ。水道が無いってだけですごく不便だ)
鶏ガラが終わったら、最後は砂嚢、焼き鳥で砂ズリと呼ばれる部分の始末である。砂ズリの中には鶏が食べた物とそれを磨り潰すための石が入っている。要らない所を切り落とすのは後にすることにして、マリコは先に中身を出してしまうことにした。切れ目を入れて裏返すと中身がジャリジャリと出てくる。これも桶の水で粗方落とした後、ミランダに水を掛けてもらいながらすすいでいく。
「おお、本当に石が入っているものなのか。不思議なものだ」
「鶏は歯が無いですから、丸呑みした食べ物をここで磨り潰すんだそうですよ」
時折ミランダに説明しながら続けていると、やがて水桶の水が底を突きかけてきたのにマリコは気が付いた。
「ミランダさん、水はどこへ汲みに行けばいいんでしょう?」
「まともに汲むなら外の井戸まで行けばいいのだが、今はとりあえず出した方が早いのではなかろうか」
「出す?」
マリコが疑問を口にすると、ミランダはきょとんとした顔をした後、納得したように頷いた。
「ああ、マリコ殿は妙な転移酔いのせいで、いろいろと忘れている事があるのであったな。「出す」というのは、魔法の水を使って自分で出すということだ」
「そんな魔法があったんですか」
「アイテムボックスと並んで、水も使えない人はいないと聞き及んでいる。マリコ殿も忘れているだけで使えると思うのだが。どこにどのくらい出すかを考えて、このように。水」
ミランダが水桶を指差してそう言うと、いきなりザブリと音を立てて桶に半分ほどの水が現れて渦を巻いた。マリコは水が現れる瞬間、何か見えないものがミランダからわずかに流れ出すのを感じた。
(ずっと少ない感じだけど、昨日タリアさんが魔法を使った時と同じみたいだな。やっぱり今のが魔力なのか)
「残り半分、マリコ殿が出してみるといい」
マリコが考えているとミランダがそう言った。どうやら、マリコに試す機会を残すためにわざと半分しか水を出さなかったらしい。
「ありがとうございます。ではやってみますね。この桶の中に、このくらいの量で、水」
位置と量をイメージしながらマリコが言うと、身体から何か――おそらく魔力――がごくわずかに流れ出る感触と共に、桶の中に水が現れて残り半分を満たした。
「出た……。できましたよ、ミランダさん」
(これが、魔法……)
「やはり、何らかの理由で忘れていただけだったのだな。うむ。思い出せて良かった」
魔法が使えたことに密かに感動しているマリコに、ミランダは笑顔で頷いた。
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