373 戻る者、行く者 7
翌日、マリコとミランダは出立の準備に追われることになった。前回アドレーたちと向かった西二号洞窟行きと違って、今回は期間が長い。バルトたちの偵察行が十日程掛かっているので、最低でもそれくらいにはなる。向こうで何が起きるかにもよるが、長引けば二週間以上ということになるだろう。それに見合った物を用意しなければならない。
とは言え、その前回の経験から凡その事は二人にも分かっている。その上で、今回さらに必要な物やあった方がいい物は何かと、朝食後にバルトたちを捕まえて意見を求めた。
「とりあえず、ミランダさんのあのでかい天幕は置いていった方がいい。マリコ、さんの湯船も無くて構わない」
ところが、開口一番にバルトから指摘されたのは、要らない物の方だった。
「大体想像は付くが、何故か伺ってもよろしいか?」
「ああ、多分当たっていると思うよ。道中にあの大きさの天幕を張れるだけの場所がほとんどないからだ」
大き過ぎるとは言われていたことである。バルトの答えにミランダは頷いた。前回はアドレー組の巡回ルートを通り、彼らが巡回の度にそれなりの時間を掛けて広げてきた野営地があったからこそ張れたのである。先々はともかく、今回それを求めるのは無理というものだろう。
幸い、前回は間に合わなかったマリコのテントが今回はある。二メートル角ほどのそれなら何とでもなる――ミランダのテントだと四メートル角もある――だろうということで、マリコたち二人の寝床はそれに決まった。
湯船の方はというと、今ではカリーネたちも買って持っていることをマリコも知っている。だからこそマリコの物は無くてもいいのだが……。
(部屋に置いたら置いたで、邪魔なんですよねえ)
木でできたサイコロ状の湯船は一辺が一メートル弱あり、当然ながらクローゼットに仕舞えるものではない。六畳間ほどの広さしかない上にベッドや机のあるマリコの部屋に出してしまうとかなりの圧迫感があるのだ。
留守にするとは言え、届け物や掃除で誰かが入ってくることは有り得る。その時、部屋に湯船があったらどう思われるか。マリコは今のまま、湯船をこっそり持っていることにした。アイテムボックス様々である。
テントと湯船以外については、バルトたちからもさして目新しい話はなかった。あちらはあちらで準備をするというバルトたちとある程度すり合わせをして分かれ、マリコとミランダも準備に取り掛かる。買物はミランダに任せて、マリコがするのは空いた厨房を借りての調理というか、主に下ごしらえだった。
◇
「それは一体何をやってるんだい」
しばらくしてやってきたタリアが見たものは、火に掛けた複数の鍋やフライパンの前で動き回るマリコと、その後ろで魔法を使っているミランダの姿だった。作業台の上には野菜や肉や大きな木箱などが所狭しと並べられている。
「おお、タリア様。これはマリコ殿の指示で、茹でた野菜を凍らせているところです」
「凍らせて? ああ、日持ちさせようってことかい」
タリアが改めて台の上を見ると、ミランダの手元にはバラされたトウモロコシや豆、賽の目に切られたニンジンなどが並んでいる。ミランダはそれを陶器の入れ物に小分けしては魔法で凍らせ、木箱に並べて仕舞っているところだった。その木箱は縁が分厚いところを見ると保冷箱らしい。
保冷箱は内箱と外箱の二重構造になっている。その間にはおがくずが詰まっており、中の温度変化を抑える働きをしていた。これをさらに大型化して氷を入れておく棚を設けたものが、一般家庭で使われている保冷庫である。
トウモロコシや豆はともかく、生野菜を二週間ももたせるのはなかなか難しい。そこでマリコが考え出したのがこのミックスベジタブルもどきだった。先に茹でておけば現地で茹でる手間が省けるという理由もある。他にも葉物の野菜の一部も同じ様に茹でてから凍らせて持って行く予定である。
「今マリコが火に掛けてるのは……、こりゃ玉ねぎとトマトかね?」
ふんふんと鼻をひくつかせてタリアが言う。
「ええ。玉ねぎのペーストと、茹でたトマトを煮詰めた、ぴゅーれ? とかいうものだそうで」
玉ねぎペーストもトマトピューレも、あれば料理の手間が省け、かつ日持ちさせられるものである。もっとも、玉ねぎはそのままでも結構もつので、マリコは生のものもそれなりに持って行くつもりだった。
「相変わらずいろいろと考え付くもんだねえ。肉もかい」
「そっちは薄切りにして凍らせると言っておられました」
「なるほどねえ」
感心したように頷いたタリアは、「とは言っても」と厨房を見回した。よく見れば木箱は床にもいくつか置かれている。
「マリコくらいアイテムボックスが大きくなきゃ、この量は持っていけないね」
ここでもアイテムボックスとアイテムストレージの容量に物を言わせるマリコである。しかし、今となってはマリコに次ぐ容量を誇るであろうミランダは黙って目を泳がせた後、ふと思い出したことを口にした。
「ところでタリア様、何か用があったのでは?」
「ああ! そうそう、忘れちまうとこだったよ。さっきエイブラムが出発したから、それを言っておこうと思って来たんだったよ」
「エイブラムさんが? どこへ行かれたんですか」
ミランダが話してくれていたので手元に集中していたマリコも、流石に気になって振り返った。
「中央さね。龍の話とあんたがしばらくいなくなる話、流石に手紙だけでは済まないってことらしいね。調整してくるとさ」
「調整……」
「あんまり気に病むんじゃないよ。あんたの件はともかく、結構嬉しそうにしてたしね、龍の話をして相手が驚くのを直に見たいんだろうさ」
やはり迷惑だっただろうかと思いかけたマリコに、タリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。
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