372 戻る者、行く者 6
「それで、その『フラグ』についてお聞きしたいんですが」
女神が二杯目の器を空にするのを待って、マリコは切り出した。女神は汁椀と箸を差し出しながら頷く。
「何でもかんでも教えてやるわけにはいかぬが、言うてみよ」
マリコは受け取った食器をとりあえず流しに置いて振り返った。
「はい。今回、バルトさんたちは龍を見たそうなんですが、それがフラグなんですか」
「ふむ。まあ大体そんなとこじゃの」
ベッドに座ったまま、しっぽを揺らめかせて女神は答える。
「じゃあ、その龍というのは一体どんなものなんでしょう?」
「ちょっと待て。おぬしはそれを聞いてどうするつもりじゃ」
「え? それはもちろん対策を考えるんですよ」
TRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」やコンピュータRPG「ドラゴンクエスト」に代表されるファンタジー系RPGにおいて、龍は欠かすことのできない華である。女神の郷里であり、この世界のモデルとなっているであろうゲームにも龍は登場した。
ただ、一口に龍と言ってもゲームには大小様々な龍がおり、火龍や水龍といった種別もあったのである。
最も小型なのはマリコのシウンのような召喚獣の騎龍である。騎龍は分類としては課金アイテム、つまりガチャの当たりであり、大型龍の幼体という設定だった。翼や尾がある分全体としてはそれなりのサイズになるが、胴体だけで言えば馬より一回り大きい程度である。そして、召喚獣であるためにPCの敵に回ることは有り得ない。
逆に最大の龍は、特定の場所にフィールドボスとして定期的に現れるものである。こちらは全長数十メートルにも及び、一人のPCだけでどうこうできる相手ではなかった。数十人以上で寄って集って、時には何度も死に戻りしながらやっと倒せる相手である。パソコンの能力が低いと処理落ちして戦いにまともに加わることさえできない。それでもレアアイテムをドロップするので、このフィールドボス戦には皆こぞって参加していた。
他にもダンジョン内でポップするものやダンジョンボスとして現れるもの、クエストの途中で出会うものなどがいた。これらは大きさも種類も出現場所によって様々である。基本的にはトカゲのような身体に角と翼の生えた西洋風のドラゴンがほとんどだったが、イベントなどで東洋風の長い龍が出て来たこともある。
要するに、単に「龍」というだけではどんな相手なのか絞り込めないのである。だからこそ、マリコは情報が欲しかった。
「……じゃがそれをわしに聞くのは、さすがにズルが過ぎると思わんかの?」
「それは、まあ、思わなくもありませんけど……、命が懸かってますから」
自分だけならまだしも、バルトたちやミランダと一緒に行くのだ。行き当たりばったりは避けたい。ズルと言われようと構わないとマリコは開き直った。
「わしは攻略サイトか何かか。いや、むしろシステム解析とでも言うた方が近いかの」
女神はベッドの脇に立つマリコを見上げて腕を組んだ。その胸が腕に乗っかるようなことはなく、楽そうである。そのままマリコを上から下まで眺めた後、仕方無さそうに口を開いた。
「自分の目で確かめるんじゃな。……と突き放したいところじゃが、おぬしらならまあ、死にはせんじゃろう。安心せい」
「そのセリフのどこを聞いて安心しろって言うんですか!」
結局女神はそれ以上ヒントらしいものはくれなかった。
◇
「ミランダさん!」
床の穴に飛び込んで女神の間の側にやってきたマリコが目にしたのは、白い石の床に横たわるミランダだった。その身を包むショート丈のメイド服には、あちこちに裂け目や破れができている。急いで駆け寄ったマリコはその顔を覗き込んだ。すると、閉じていた目がゆっくりと開く。
「おお、マリコ殿」
「大丈夫ですか!?」
「ああ。今は絶賛体力回復中だ」
マリコを見返したミランダはニッと笑みを浮かべた。マリコが改めてその身体に目を向けると、着ている物に汚れや破れはあるものの怪我は残っていない。
「じ、じゃあ、取れたんですか!?」
「うむ。まだレベル一だが、いいな! これは!」
ミランダはそう言ってゆっくりと片手を持ち上げ、力強く拳を握った。体力回復を取得した後、残った傷を治癒で癒し、自分に体力回復を掛けたのだろう。激しく動くと効果が切れてしまうため、その場で休んでいたのだ。マリコはミランダの拳をそっと握って頷いた。
「女神様との話はどうなったのだ、マリコ殿」
やがて効果時間が切れ、起き上がったミランダが聞いた。完全ではないだろうが、普通に動く分には問題ないようだ。
「『お告げ』は本物でした」
「おお! では我らは行くのだな。龍に会いに」
「ええ。それに、その龍についてもヒントはもらえましたから」
女神は言ったのだ。マリコたちであれば死にはしないだろうと。それは即ち、戦ってもなんとか勝てるレベルの相手であろうということだ。もしそうでなくとも、死なずに切り抜けられる道はあるということになる。安心はできないが、絶望する必要も無い。そういう意味では、女神は確かに手掛りをくれたのだ。
2019/02/19 「TRPG~」の段落にあった「(女神の)出里」という表現がどうやら方言のようでしたので、「郷里」と変更しました。
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