370 戻る者、行く者 4
「マリコ様とミランダ様!? どういうことですか!?」
エイブラムが驚いた声を上げ、腰を浮かしてマリコたちの方へ勢いよく顔を振り向けた。だが、突然自分たちの名前が出てこちらも驚いていた二人には心当たりが無く、揃ってブンブンと首を振る。
「そうですか……。いや、驚かせてしまって申し訳ありません」
ふうと息を吐いてエイブラムは上げかけた腰を再びソファへと降ろした。しかし、ブランディーヌの方はそうではなかった。テーブルに手をついて腰を浮かせ、こちらはバルトたちに見開いた目を向けている。その姿勢のまま口を開いた。
「エイブラムさん、お告げ、お告げですよ」
「え? あっ!」
ブランディーヌがつぶやくように発した言葉に、エイブラムは何かを思い出したように声を上げた。ブランディーヌを追うようにバルトへと目を向ける。
「バルトさん。もしや、あなたも……」
エイブラムの問いに対し、バルトは数瞬の間を置いて黙って頷きを返す。エイブラムはほうと息を吐いた。しかし、傍から見ていたマリコには何の事か分からない。疑問符を浮かべた表情をバルトに向ける。
それに気付いたバルトはマリコに顔を向け、左手を上げて拳を口元近くへ持っていくと右手でシャツの袖を少し引いた。露になった手首には金色に仕上げられたブレスレットが巻きついている。自分の色、金髪に合わせたお守りである。
「俺のこれなんだが……、外れないんだ」
「外れない……。え? 外れない!?」
普通のお守りであれば、外れないなどということは有り得ない。だが、マリコ自身の首にある黒いチョーカーは外れないのだ。何故ならそれが神々から与えられた加護の証だからである。それが外れるのは加護と共に仕込まれた神々の目的が果たされた時だというのはタリアから聞いた。
「じ、じゃあ、バルトさんは、いえ、バルトさんだけじゃなくて……」
カリーネたちがそれぞれ髪と同じ色のチョーカーを着けていることは、風呂場で何度も見て知っている。トルステンもバルトと同じだと言っていた。それを思い出したマリコの言葉に、五人は頷いた。おお、とエイブラムが息を漏らすのが聞こえたが、マリコの疑問はまだ消えていない。エイブラムたちへと向き直る。
「どうして分かったんですか!?」
「どうしてって……。ああ、マリコ様はご自分が加護を受けておられるから……」
一瞬キョトンとした顔になったエイブラムは何かに納得したように頷くとその理由を話してくれた。
神々――大抵は風と月の女神である――は気まぐれのように人々の前に現れる。多いのは命の危機から救ってくれる場合で、その際に直接言葉を交わしたという者もいくらかはいる。しかし、その場に姿を見せていない神々から「お告げ」という形で意思を伝えられるのは基本的に加護を受けている者、あるいは受けていたことのある者に限られていた。だからこそ、バルトもそうなのだろうと考えたのだという。
マリコとしては、そういうものかと思うしかなかった。エイブラムはマリコが加護を得ているためにお告げに慣れている、つまりお告げを殊更特殊なものだと思っていないと考えたようだったが実際には違う。マリコ――ついでにミランダも――と猫耳女神とはもっぱら顔を合わせて話をしており、マリコには特にお告げがあった覚えが無かったのである。ただ、これについてはマリコの現状の方こそが特殊なのは言うまでもない。
「それにしてもバルトさん、どうして黙ってたんですか。加護の事」
「え!?」
浮かんできたマリコとしては当然の疑問を投げ掛けると、バルトはひどく驚いた声を上げた。
「いや、そもそも触れ回るような事じゃないだろう。神様にも思惑はあるという話だし、必要以上に目立ってもやりにくくなるだけでいいことはない」
「うっ」
至極真っ当な返事にマリコは唸った。それでも里の長であるタリアには打ち明けてあったらしい。我が身を省みると、目立った挙句に聖女認定をされかかっている。確かに、目立っていいことがあったような気はあまりしない。
「そんな訳ですからエイブラムさん、我々の事は当面ご内密にお願いします」
「少々残念ではありますがいたしかたありません。承知しました。ブランディーヌ君、その書きかけたものを仕舞いなさい」
「いい感じのが書けそうだったんですけどねえ」
静かだと思っていたら、どうやらひたすらペンを走らせていたようである。こめかみを押えながら指示を出すエイブラムに、ブランディーヌは渋々ノートを片付けた。それを見届けてから、エイブラムは改めて顔を上げる。
「では、この後中央へ連絡を入れることに致します。しばらくの間、マリコ様がご不在になられると」
「いいんですか!?」
「神託が下されたとあればマリコ様を引き止めるわけにもいきません。何か大事な役目があるのでしょう。修復に関しては、順番が遅くなるというだけですから理由を知れば無理にと言われる方はおりますまい」
「え? いえ、でも、バルトさんたちの事は内緒にするって……」
「ああ、それはもちろんです。なに、龍と思しきものが現れ、それを確かめるために神託を受けたマリコ様とミランダ様が探検者の組に同行する。そう伝えるだけで済みます」
エイブラムはしれっとした顔でマリコに答えた。「誰が」神託を受けたかを黙っているつもりらしい。神託を受け得る者という意味ではナザールの里には少なくとも三人の候補者が居り、内容的に誰が受けても不自然ではない。
それからもう少し打合せを行った後、場は解散となった。
(夜にでも女神様に確認ですね)
女神にも思惑があるというのはマリコも知っているので、何でもかんでも聞きだそうとは思わない。当事者が知ってしまうと行動に影響が出る場合というのは確かにあるのだ。だが、耳にした事について確かめる分には問題ないだろう。
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