369 戻る者、行く者 3
「できるだけ早く、もう一度様子を見に行こうと思っています。ただその前に、龍の事を分かる範囲でいいですから教えて欲しいんです」
バルトの言い分はもっともな話だった。直接見たとは言ってもかなり遠くからの事であり、姿形が分かったに過ぎない。戦わなければならないのであれば、相手の技や力を一部なりとも知っている方がいいに決まっている。それ以前に、情報の内容次第では戦いを避けることもできるかも知れない。
「龍の事、ですか……。ふうむ」
代表するように答えたエイブラムは、腕を組んで考え込むように唸った。
「本物の龍については、ほとんど何も分かっていないと言った方がいいんでしょうな」
そう前置きして自分が知っている事を話した。まずは先ほどの話通り、西の最前線からさらに西を目指した探検者が飛んでいるのを目撃した例が報告されていること。姿についてはバルトが見た物とほぼ同じで、大きなトカゲのような身体の背に翼を持っており、色も数種類報告されていること。近くで見た者がいないので正確なサイズは分からないが、目撃した際の距離からすると数メートルないしそれ以上あるらしいことなどである。
「後は、物語には龍が登場するものも少なくありません。もっとも、そちらは参考になるかどうか分かりませんが。ブランディーヌ君」
「はい。そっちはむしろ私の方が専門に近いですもんね」
同じ神格研究会に属する二人だが、エイブラムは神話部といっても担当は魔法、一方のブランディーヌは出版部である。神々が直接出てこない話となると出版部の方がより詳しい。
「神様が出てこないお話もあったんですか」
マリコはつい思った事を口にした。これまでに目にした本が内容の真偽はともかく神々を主題としたものばかりだったからである。
「もちろんありますよ! 龍だろうと何だろうと、元を辿れば全て神々がお創りになったものですから、広い意味では神格研究会の守備範囲ということになりますし。では龍が登場する代表的なお話というと……」
漁師の青年が助けたトカゲに連れられて龍宮に赴き、龍姫に歓待される『インレット島のロウタ』、体長が三センチしかない龍が活躍する『一寸龍』、助けた龍が美女に化けて現れ、夜な夜な自分の鱗で板金鎧を作り上げる『龍の恩返し』などが次々と紹介される。
(何ですか、そのどこかで聞いたようなお話は)
そう思ったものの、マリコはこの世界自体が元の世界をモデルに創られていることを思い出し、口に出すのは控えた。
「今挙げたのが昔から伝わっているお話です。最近でも龍は人気で、いろんなお話が作られています。もっともこちらは、神々が出てこない限りは神々の判定の対象になりませんから、基本的にはただの作り話です」
そう前置きしてブランディーヌが並べたのは、集めると何でも一つだけ願いが叶うという七色の龍七頭を求めて旅をする『龍放浪』、龍を駆る剣士と空に住む魔物の戦いを描いた『大空の龍』、速さを競い合う龍たちが主役の『キャノン龍』、憧れた火龍になろうと修行する若い水龍の話『燃えろ! 龍』などである。
マリコはもう何も言うまいと心に誓った。そこからさらに、主に昔話に登場する龍についての解説や解釈が続く。
◇
「それで、いつ出発するつもりなんだい?」
役に立ったのかどうかよく分からないブランディーヌの話――バルトも何も言わなかった――の後、気を取り直したタリアが聞いた。
「明日……は流石に無理でしょうから、できれば明後日にでも」
戻ったとは言っても、まだ狩った獲物や洗濯物を出したくらいである。使って減った食料や消耗品の補充と武器防具の手入れくらいはしておかないと出掛けるわけにはいかないので、明日はそれに当てる。物によってはナザールの里では修理の効かない場合も有り得るが、今回に関してはそこまでの必要がなさそうだった。だからこそバルトは明後日の出発を口にできたのである。
「事が事だから早めにってのは有難いけど、あんたたちは大丈夫なのかい?」
「幸い、帰り道では何かにかち合うこともほとんどありませんでしたから、そこまで疲れが溜まっているわけでもありません。一日空けられるなら問題ないと思います」
タリアの問いにバルトはそう答えて仲間たちに視線を巡らせる。四人はそれぞれに頷いた。それを見て、タリアは口の端を持ち上げる。
「ふん。若い者は元気だねえ。ま、無理だけはするんじゃないよ?」
「ええ、もちろんです」
バルトの返事に頷いた後、タリアは改めてバルト一行に目を向けた。
「それで? 他にもあるんだろう?」
「はい。次なんですが……」
そこまで言って、バルトはマリコの方を見る。
「マリコ、さんとミランダさんにも同行をお願いしたい」
「えっ!?」
驚きの声はマリコやミランダではなく、エイブラムから上がった。当のマリコはというと、驚くよりもこの場に自分とミランダが呼ばれた訳が分かったと納得の方が大きい。先のタリアの口ぶりからすると、タリアを通じて二人を呼んだのはバルトなのだろう。
「マリコ様を、ですか!? いえ、理由は分かります。マリコ様とミランダ様の腕はこの里でも抜きん出ておられる。しかし……」
マリコが何か言うより先に、思わずといった風にエイブラムが言う。マリコが思うに、彼が気にしているのは修復の事だろう。マリコ目当てにナザールの里に来る者が増えると知らされた通り、ここ数日は毎日希望者が訪れている。前回、マリコがバルトたちについていくのを断念した理由の一つだった。今後も今のペースで来続けるなら、マリコの不在中にかなりの人数を待たせてしまうことになる。
「エイブラムさんの言いたいことは分かりますよ。ですが、今回はそうも言っていられないんです」
バルトはそう言うと仲間たちを見た。代表するようにトルステンが頷き返す。次にタリアへと向き直ると、こちらも黙って頷いた。バルトは大きく息を吸い込むとエイブラムに告げる。
「神様からお告げがあったんです。『次はマリコとミランダを連れて来い』と」
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