368 戻る者、行く者 2
一時間ほど後、タリアの執務室には再び関係者が集まっていた。メンバーはタリアとサニアの里長親子と荷解きや風呂を済ませたバルトの組一行、神格研究会からはエイブラムとブランディーヌ、それにマリコとミランダである。
じきに夕食時というこの時間帯、本来なら厨房なり食堂なりに居るはずのマリコとミランダがここに居るのはタリアに呼ばれたからである。サニアも含めて食堂組が何人か抜けてもなんとかなるのは、神格研究会の伝手で宿側の人数が増えているからだ。先任としてサニアから厨房を任されることになったシーナとフローラは驚きつつも張り切っていた。
「三日掛けてここまで行って、そこから……」
まずは中庭で言っていた通り、バルトたちによる移動経路の説明が行われた。とは言っても、今回は半分以上がバルトたちも初めての地域、つまりこれまでまだ誰も行った事がない場所である。話は一行が途中で書きとめた数枚の大まかな図を基に進められた。方位磁石はあるので方角は概ね間違っていないはずだが、地形や距離に関して誤差が出るのはどうしようもない。
もっとも、これは既知の地域でも似たようなものである。里作りのために測量が行われる各地の転移門周辺やそこから発展した街の付近はある程度正確な地図もあるが、精密な世界地図など今のところ望むべくもない。転移門を使用する時に表示されるものが、恐らく最も正確な世界地図であろうとされている。これにしても、端にある転移門――つまり最前線――から先はわずかしか表示されないので、今回のような場合にはあまり参考にならないのだった。
「それにしても流石ですね。わずか数日でここまで進まれるとは」
バルトたちの図をまとめて書き写しながらエイブラムが言った。今回一行が到達した先は、ナザールの里から直線距離にして百キロ近くも離れていることになる。もちろん真っ直ぐ進めるはずもなく、実際にはその倍くらい歩いているはずなのだ。初めての地で、しかも途中で野生動物と戦いながらと考えれば、これはかなり早い。
「半分近くはこれまでに行った範囲内ですし、そこまでは割りと急ぎましたから。それに全部が全部森や林というわけでもありませんでしたし」
「それでも大したものでしょう」
「もう少し詳しくお話を聞かせてもらえれば本にできるんじゃないかと思いますよ!」
「いや、それは勘弁して欲しいよ、ブランディーヌさん」
エイブラムの賛辞にはくすぐったそうな顔をしていたバルトだったが、本に書かれるのは嫌そうである。ここでタリアがパンパンと手を叩いた。それかけた話の方向を修正する。
「まあ、本がどうこうはまた後で交渉しておくれ。いいかい? それでバルト、話の続きがあるんだろう?」
「あ、はい。さっきは里の皆に全部伝えていいものか迷ったのでぼかしたんですが……」
そこまで言って、バルトは一度言葉を止めてお茶を一口啜った。ふうと息を吐いて顔を上げる。
「龍、かどうかはまだ確定したわけじゃないんですが、とりあえずそう呼びます。で、その龍なんですが、まず一つ目。多分一頭だけではありません。見えた限りだと少なくとも二頭」
そう言ってバルトは組の仲間たちをぐるりと見回した。目を向けられたメンバーはそれぞれに頷く。ひゅっと誰かが息を飲む音が聞こえた。片方の眉を上げたタリアが身を乗り出す。
「多分とか見た限りとか、どういうことだい?」
「ええ。さっきは下に降りたり飛んだりしてる、と言いました。地面近くは間にある木に隠れて見えなかったので、はっきり見えたのは飛んでいるところだけなんです。その飛んでいる奴が、形は同じようなんですが色が白っぽかったり赤っぽかったりしたんです。交代で見張ってましたが、皆それぞれその二色を見ています。ただ、二頭が一緒に飛んでいるのを見た者もいないんです」
「じゃあ、何か理由があって、一頭だけが飛んでいるってことかい」
「恐らくは。もちろん実際には一頭だけしかいなくて、そいつが時々身体の色を変化させてるっていう可能性も無くはないでしょうが……」
「自分に都合のいい方に考えない方がいいってもんさね」
「はい。ですから、少なくとも二頭いて、その内の一頭がそれこそ見張りか何かの役割で飛んでいるのだろうと俺たちは考えました」
バルトがそこまで言ったところで、一同に目を向けられたトルステンたちはまた頷いた。
「次に二つ目です。向こうが俺たちに直接向かって来ることはありませんでした。そもそもこっちに気付いたのかどうかも分かりません。ですが、奴らはゆっくりではありますが西に、つまりこの里がある方へ移動しているようです」
「確かなのかい?」
「ええ。俺たちも一日半経ってやっと気付いたくらいの差でしたが、手前に生えている木と見比べた時に少し大きく見えるようになってたんです」
もちろんこれにも、移動しているのではなくその場で巨大化している、という推測ができなくもないが、流石にそこまで口に出す者はいなかった。バルトはさらに続ける。
「これには他にも証拠らしいものがあって。その場所に着くまでに出会った動物たちなんですが、その内の何頭かは東から走ってきたんです。その、何かから逃げるように」
場が一瞬静寂に包まれる。それを破ったのはサニアの声だった。
「それじゃあ、先月やってきたあの大きなオオカミは……」
「龍から逃げてきた、あるいは龍から逃げた何かにさらに追われたってことなのかも知れないね。ふう、確かにこりゃ考えなしに皆に知らせるわけにもいかないね」
タリアが大きく息を吐き出した。推論としては一応筋が通る。もしその通りなら、この先また龍に追われた何かがやってくる、さらにはいずれ龍そのものが現れるということになる。しかし、龍とは一体どんなものなのかということ自体、ほとんど分かっていないのだ。
「避難をお考えでしたら我々も他人事ではありません。できうる限りお手伝いはさせていただきます」
先手を打って逃げてしまうこと自体はそう難しくないのだ。転移門を通って他の街へ行けば済む。だが、タリアはエイブラムの申し出にふんと鼻を鳴らした。
「エイブラム。あんたとの付き合いはそこそこ長いけど、あんたは開拓者ってものをまだよく分かってないね。ここはたった三十年前に拓かれた最前線で、私も含めて初代がまだほとんど残ってるんだよ。危ないから逃げろって言われたくらいではいそうですかって逃げる奴が何人居ると思うね」
そんな奴はそもそも開拓者になんかならない、とタリアは続けた。もちろん命が危なくなれば宿に逃げ込むくらいはするだろうが、相手は碌に知られていない龍である。せめてどんなものか自分の目で確かめてから、とか言い出しかねない。
「大体、神格研究会だって人の事は言えないだろうに。あんたが龍が来るって報告を上げたら、一体何人がやってこようとか言いだすんだい?」
「それは……」
元より自分自身からして早めに避難などと思っていないのである。エイブラムは返事に詰まった。
ここでそろりと手を挙げた者がいる。思わぬ方向に話が進んで面食らっていたバルトである。
「とりあえず、当面の事なんですが……」
ぐだぐだ(笑)。
そしてマリコもミランダも空気(汗)。
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