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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第五章 メイド(仮)さんの探検
373/502

367 戻る者、行く者 1

「戻って来られたようだぞ! マリコ殿!」


 誰が、とは聞くまでもない。ミランダの声を聞くなり、マリコは厨房を飛び出した。廊下を抜け、階段を段飛ばしに駆け登る。ほとんど一息に四階分を通過して、屋上に出たところにある物見台へと取り付いた。手すりから身を乗り出すようにして東側へ目を凝らす。


 宿の近くには家並みと畑、そのはずれに転移門があり、さらに向こうには放牧場が広がっている。豆粒のような牛や羊が思い思いの場所に散らばるその放牧場を抜けて、五つの豆粒がこちらに向かって来ていた。顔が判別できる距離ではないが、髪や服装の色からするとバルトたちに間違い無さそうである。


「ふう」


 ここから見た限り、少なくとも大きな怪我は無さそうだ。マリコはいつの間にか止めていた息を吐き出して、手すりに身体を預けた。そのまま眺めていると、やがて五人は放牧場と里を隔てる柵を抜け、転移門の脇を通って近付いてくる。豆粒は人形サイズへと変わり、流石にもう誰が誰だか分かる。マリコは無意識に右手を上げかけ、ハッと気が付いて慌てて下ろした。


(こんな所から「おーい」って手を振るとか、何をしようとしてるんですか、恥ずかしい)


「おおーい!」


「うえっ!?」


 思っても見なかった声がすぐ隣から上がり、ギョッとしたマリコは思い切り飛び退(すさ)った。次の瞬間、カーンといい音がして頭に衝撃が走る。


「あいたあっ!」


 マリコは打ち付けた後頭部を押えてうずくまる。うおおと唸りながら顔を上げると、手を振るのをやめて驚いた顔で見下ろしてくるミランダとゆらゆらと揺れる青銅の板が目に映った。どうやらあれに頭を持っていったらしい。


「だ、大事無いか、マリコ殿……。今のは何でもない! 間違ってぶつかっただけだ!」


 マリコに手を差し伸べながら、ミランダは階下に向かって怒鳴った。ぶら下がった金属板は半鐘のように非常時に打ち鳴らす物なのだ。


「とりあえず大丈夫ですけど……。ミランダさん、いつの間に……」


「マリコ殿のすぐ後ろについて上がって来たではないか」


「え」


 マリコは全く気付いていなかった。否、後ろなど気にしてなかったのだ。マリコは先ほどとは違う意味で頭を抱えたくなった。


「ともあれ、マリコ殿も手を振り返して差し上げればいかがか」


 ミランダの指す方へ目を向けてみれば、こちらに気付いたらしいバルト一行が手を振っている。一番派手に手を振り回しているのは赤毛のミカエラで、バルトはこっそり手を挙げているという感じである。恐らく向こうも恥ずかしいのだろう、表情が窺える距離でもないのに何故かマリコにはそう感じられた。


 やむなくマリコも手を振って見せ、一行がまた進み始めたのを見届けてからミランダと一緒に厨房へ降りると、サニアたちの生温かい目に迎えられる。しばらくすったもんだした挙句、マリコがカウンターへと押し出されたところでバルトたちが宿の入口をくぐった。


 ◇


 中庭に人だかりができていた。その中心にはバルトたちとタリアらが居り、傍にはマリコとミランダの姿も見える。いつもなら食堂で行われている帰還後の報告が、今日に限ってはここで行われていた。宿に戻ったバルトたちが、見てもらった方が早いし処理も頼まねばならないから、と言い出したせいである。


「あんなデカいクマがいるのか」


「オオカミだってあんなにたくさん……」


 口々に言う里の皆の前には、多くの獲物が積み上げられていた。例によって呼び出されたブレアたちが、その一部の解体に取り掛かっている。普段なら解体を終えてから獲物を持ち帰るバルトたちだが、今回は移動を急いだことと何より出会った相手の数の多さから、そのほとんどを血抜きしたところでアイテムボックスに仕舞って帰ってきたのである。もちろん保存(プリザベーション)の魔法が掛けられているので腐ったりはしていない。


「……という感じで、流石にまだ人が入ってないというのもあるんでしょうねえ。やたらといろんなものに出会いましたよ。それで、その山の(いただき)を越えたところまで行ったんですが……」


 獲物の山を出した後、食堂から持ち出されたイスに座って報告をしていたトルステンは、そこで話を止めてバルトを見た。今回も風呂を優先せずに並んで座っていた女性陣もバルトに目を向ける。それに釣られて、向かい側に座ったタリアたちや周りに立つ里の者たちの視線も集まる。バルトは咳払いを一つした後、口を開いた。


「正確な距離は分かりませんでしたが、さらに山一つ分は向こうで、何かが飛んでいるのが見えました」


「何か、っていうのは? どんなやつだったんだい?」


「トカゲのような身体で、背中には翼らしきものが生えていました」


 タリアの問いにバルトが答えると、周囲にざわめきが広がった。


「おいおい」


「それってまさか」


「でもありゃあ、西の方の話だろうが」


 皆が口々につぶやく中、エイブラムが顔を上げる。


(ドラゴン)……」


 思わず、といった風に発せられたその言葉に、潮が引くようにざわめきが治まっていく。(ドラゴン)、それは主に物語の中で語られる、巨大な身体を持つとされる想像上の生き物だ。いや、だった。


「いえ、これは西の最前線(フロンティア)のさらに西方で、遥か彼方を飛んでいるのを見た者がいるというだけの話です。失礼致しました」


 皆に間違った予測を与えかねないことに気付いたのだろう。エイブラムは頭を下げた。代わってタリアが身を乗り出す。


「それで? そいつはどうなったんだね?」


「はい。その場で一日半留まって様子を見ました。すると、下へ降りたりその辺りを飛んだりはしているようなんですが、少なくともこちらへ近付いてくることはありませんでした。そこで皆と相談して、一旦戻ろうということになったんです」


 五人しかいない(パーティー)である。初めての場所に見張りとして誰かを残すわけにもいかず、全員で戻ったのだという。


「地図などの詳細や、これからの事についてはまた後ほど」


 バルトはそう言って、チラリとマリコの方に目を向けた。


(ドラゴン)だって決まったわけでもないし、そもそも(ドラゴン)がどんな生き物なのかもよく分かってないんだからね! 皆好き勝手な事を言いふらすんじゃないよ!」


 確かにあまり細かい事を今皆の前で話しても意味は無い。タリアは皆に一応の釘を刺してから、その場を解散させた。

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