366 鍛える日々 2
さらに二日が過ぎた。前夜の段階でミランダの治癒はスキルレベル七。しかもレベル八へと上昇させるための修練も九割方終えている。今夜にでもレベル八に到達できるだろうとマリコは見ていた。
ゲームにおいては、一般的にスキルレベル七までは趣味レベルであり、八からが実用レベルであるとされていた。ただし、これは二十まであるスキルレベルを大まかに五段階――趣味、実用、専門家、達人、限界――に区分した際の境界である。大半のスキルはレベルに比例して徐々に効果が上がっていくので、レベル七が八になったからといって効果が劇的に上がるというものではない。
治癒で言うと、レベルが上がるに従って一回に消費する魔力、つまりMPが増えていくものの、回復するHP量はそれ以上の割合で増加していく。仮にレベル一の時に治癒一回で消費MP十に対して回復HP二十だったとすると、レベル十一まで上がると消費MPも二十まで増えるが、回復HPはさらに伸びて六十になる、といった成長をする。回復量に対するMPの効率が上がっていくということである。この場合、レベル七で消費MP十六、回復HP四十四、レベル八で消費MP十七、回復HP四十八で、そう大きな差ではない。
では何故、レベル八が境界とされているのか。それはこのレベル八が、同系統や上位といった派生スキルを取得する際の条件となっていることが多いからだった。回復系魔法で言えば、例えば治癒と併用される場面の多い体力回復の取得条件は次の二つである。
・治癒のスキルレベルが八以上。
・体力回復を受ける。
怪我が治るのには体力を使う。小さな怪我であれば大した影響は無いが、大きな怪我に治癒を使った場合は体力の減りも大きくなる。体力が尽きるといわゆるスタミナ切れということになって行動不能に陥ってしまう。
体力もHPと同様、じっとしていれば徐々に回復していくし、ちゃんと休息を取れば回復速度は上がる。しかし、冒険の最中に落ち着いて休息できるとは限らない。それを補うのが体力回復である。回復役にとって治癒の次に必要となるスキルである体力回復を取れるラインがここなのだった。
ミランダは既に体力回復を受けた経験がある。ということは、治癒がレベル八まで上がれば、体力回復の取得条件が整うことになるのだった。マリコとしては当然取得を勧めるつもりだった。治癒と体力回復をある程度のレベルにすることで、「普通の怪我」にまともに対処できるようになるからである。
また、これと同様の境界がもう一つ上の段階である専門家レベルとの境であるレベル十三にもあった。治癒の上位スキルとされる治癒円環やかの修復の取得条件に「治癒のスキルレベルが十三以上」というものが含まれている。
流石にミランダがそこに至るのはこれまでほど簡単ではない。治癒の修練に「大怪我の者に治癒を使う」が混じり始めるからだ。HPが半減するような怪我をすること自体も大変だが、その傷を癒して体力も回復させるとなると消費するMPも相当なものになる。
元々前衛型のスキル構成だったミランダの魔力量は普通の人よりはずっと多いものの、マリコとでは比べ物にならない。回復系魔法をさらに伸ばそうとするなら魔力量が増えるスキルも伸ばしていかねばならないだろう。先はまだまだ長そうだった。
◇
バットの上に左手を伸ばす。そこに盛られているのは、小さな長方形に切られた厚さ三ミリほどの野豚の肉である。一切れ取って、右手に持った竹串に突き刺す。赤身と脂身のバランスを考慮しながら四、五回それを繰り返して、右に置かれた別のバットに載せると次の竹串を取る。そしてまた左のバットから肉を取る。
作業台の前に腰を据えたマリコはそれを延々と繰り返していた。もちろん串焼きの仕込みである。夕方にはまだ間があるが、出る数を考えれば決して早過ぎるわけでもない。串焼き目当てにやってきた人もそれなりにいるが、今日は風の日、つまり日曜に当たるとあって、外食しようという里の者も平日より多いのである。
「マリコさん」
スープの加減を見ていたサニアは、鍋をかき回しながら声を掛けた。だが、マリコの返事はない。サニアは手を止めて振り返った。気付かないうちに席を離れているのかと思ったのである。
しかし、マリコはそこに居た。ちゃんと手と目が動いている。否、手と目だけしか動いていなかった。表情の消えた顔のまま串に肉を刺していく様子はどこか機械仕掛けめいて見える。
「……マリコさん?」
「え? はい」
サニアがもう一度声を掛けると、マリコは目を瞬かせて反応した。人形にいきなり生気が宿ったようで、今度はそれを見たサニアの方が目を瞬かせる。
「……あんまり根を詰めなくていいから、適当に休んでちょうだいね」
「ええと」
「まあ、何かやってた方が気が紛れるのかもしれないけど、今のを見てるとそれもいいんだか悪いんだか」
「そんなにおかしかったですか?」
「おかしいというか何というか……。どう言えばいいのかしらね。でも、気になってるんでしょ?」
人間離れしていたというのも妙な気がして、サニアはやや強引に話題を本来の目的の方へと戻した。
「えー、まあ、ええと、はい」
否定しきれずに、マリコは曖昧に頷く。当初の予定通りなら、今日はバルトたちが戻って来るはずなのだ。もちろん、初めての場所に向かう以上若干は前後するかもしれない、という前提で出掛けていったので、絶対に今日戻るとは限らない。それでも予定日は予定日である。マリコが気にしているというのは事実だった。
日が落ちてからは流石に動かないと思われるので、本当に今日戻るならあと数時間の内だろう。神託が降りてこない以上、何かあったわけではないだろうが、一体今はどの辺にいるのだろうか。頭の中でそんな事を考えながら手だけを動かしているとさっきのようなことになっていたのである。
サニアに言われたこともあり、マリコはとりあえずできている分にふきんを被せて冷蔵庫に仕舞った。一休みしたら再開するつもりなので材料の方はそのままにしておく。
さてお茶でも入れるかとポットを手にしたところで、誰かが階段を駆け下りる音が聞こえてきた。下ってくる速さの割りに足音が軽い。そんな芸当ができる者は、マリコにも一人しか思い浮かばない。
じきに足音は一階に到着し、厨房に駆け込んできたのはマリコの予想通り、猫耳の持ち主だった。
かなり説明回(汗)。
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