365 鍛える日々 1
ミランダが治癒を得てから、五日が過ぎた。田植えは無事に終わり、水の張られた全ての田んぼには、まだ短い細い葉が並んで風に揺れている。農村としてのナザールの里はいつもの静かな姿に戻ったのだ。
それとは別に、賑やかさを増した部分もある。サニアからの話の通り、串焼きや変り種のから揚げ目当ての客が、ぼちぼちと姿を見せるようになったのだった。
転移門を使うのに相応の魔力を必要とする関係から、その中に日帰りできる者はほとんどいない。帰りに要する分の魔力を回復させるために、多くの者は一泊することになる。そして、現在里にある宿泊施設と言えばナザールの宿だけしかない。食堂としても宿屋としても、ナザールの宿は忙しくなっていた。
修復のためにやってくる人はまだそこまで増えていない。だが一人もやってこない日は確実に減っていっている。
バルトたちはまだ戻って来ない。非常事態を告げる神託も来ていないので、とりあえず無事ではあるようだとマリコは自分を納得させていた。
一方、ミランダはゲームで言うところの「レベル上げ」に夢中である。
◇
「ぐはっ!」
弾き飛ばされたミランダが盾を持ったまま石畳の上をゴロゴロと転がる。ゴーレムの拳を真正面から受け止めようとして押し負けたのだった。それでも回転が止まると同時に跳ね起きて構え直す。身体のあちこちから血が流れていたが、それに構うことなく再びゴーレムへと向かっていく。
一方のゴーレムも既に体勢を整えていた。駆け寄ってくるミランダに合わせて再び右の拳が繰り出される。
「迎撃!」
ガツンという音と共に、真っ直ぐに伸びてきた拳が袈裟掛けに振り下ろされたメイスに叩き落された。バランスを崩されたゴーレムは、首と頭を守るべく半ば反射的に左腕を顔の横に立てる。ミランダはメイスを振り抜いた勢いのままに、腰を落としながら身体を回転させ、ガラ空きになったゴーレムの足に払うような蹴りを入れた。
膝裏を蹴られる形になったゴーレムがガクリと倒れかかり、上げていた左腕が身体を支えるためにそちらに伸ばされた。隠れていた頭部が露になる。
「はあっ!」
そこへメイスの一撃。残り少なかったゴーレムのHPはそれで尽きた。ズンとその場に崩れ落ち、続いてその身体が崩れて消えていく。その様子を見届けてミランダはふうと息を吐いた。
「ミランダさん!」
少し離れて見守っていたマリコが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「何、問題ない、と言いたいところだがな……いたた」
マリコに向けようとしていた笑顔が途中で崩れて眉間にシワが寄る。改めて息を吐いて呼吸を整えたミランダは、メイスを握ったままの右手を自分の胸に当てた。
「治癒!」
魔力が流れ出すと共にあちこちにあった傷口が塞がり、痛みが引いていく。同時に少しだけ疲労感が増えた。治癒を使った時のいつもの感覚である。痛みが消え去ったことで、ミランダはほうっと今度は安堵の息を吐いた。
「血だらけじゃないですか。浄化!」
「ああ、かたじけない」
マリコの魔法でミランダの身体から汚れが消え去る。その姿を見て、マリコがああと気落ちした声を漏らした。
「やっぱり無事には済みませんねえ」
「むう、こればかりは致しかたないな」
自らの身体を見下ろしてミランダは頷いた。怪我も汚れも無くなっているものの、着ているメイド服にはほつれや裂け目ができていた。ミランダの言う通り、これは仕方がない。今ミランダが着ているのはマリコからもらった物ではなくそれ以前にミランダが着ていた物、つまり宿から支給された深緑のメイド服なのだ。
こうなっているのには訳がある。
「治癒を使う」や「治癒を受ける」というスキルレベル上昇のための条件を埋めるには、治癒による効果が発生しなければならない。つまり、無傷――HPが減っていない状態――の者に掛けてもカウントされないのである。多少なりとも怪我をしていないといけない。
ところが、ここでマリコのメイド服が邪魔をしてしまうのである。防具として高性能であるだけに、少々のダメージでは通らないのだ。
治癒を得るための条件の一つ「瀕死の重傷を負う」をクリアする際、ミランダは服を傷付けないためと防御力を下げるために服を脱いだ。これが治癒の鍛錬をするのにも当てはまったのである。
ならば鍛錬も下着姿で、と言い出すミランダをマリコは慌てて説得した。
――どんな格好でも戦えるに越したことはないが、基本的には戦う時の服装で鍛錬を行うべきである
という理屈をこねて、なんとかミランダを納得させることに成功したのだった。
(普通のメイド服なら修理もしやすいですしねえ)
服屋のケーラのところに行けば同じ生地が手に入るのである。ミスリルだの何だのというレア素材で作られたマリコ製メイド服とは難易度が違う。次のゴーレムを呼び出すミランダを眺めながらマリコは思った。
空き時間ができる度に鍛錬を続けるミランダの治癒レベルは現在六。間もなく初心者の域を脱する。
(参考)スキルレベルと実際の腕前の関係
・レベル一~七:趣味レベル。初心者、素人クラス。
・レベル八~十二:実用レベル。経験者、アマチュアクラス。
・レベル十三~十六:専門家レベル。上級アマチュア、プロフェッショナルクラス。
・レベル十七~十九:達人レベル。上級プロフェッショナル、名人クラス。
・レベル二十:限界レベル。人間国宝クラス。
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