037 厨房の攻防 4 ★
スプラッタ注意報継続中です。
鶏を捌いています。そんなに生々しくはないと思いますが、苦手な方はご注意ください。
「ミランダさん、何かが自分より上手な人を見るといつもすごく感心するの。そんな風に」
揺さぶられるマリコと目が合ったアリアが、少し遠い所を見る目をして言った。
(それ、アリアさんも何かで感心されて、これをやられたってことか?)
マリコの方がミランダより少し大きいので「揺さぶられる」で済んでいるが、アリアの体格ではおそらく「振り回された」のだと思われた。
(他の人のいい所に素直に感心できる、っていうのは美点なんだろうけど、どうしようこれ)
「あんた達、遊んでたんじゃいつまで経っても終わらないよ!」
結局、マリコとミランダのドタバタ劇に幕を引いたのはタリアの一喝だった。
「う、タリア様。これは失礼をいたしました。マリコ殿の見事な腕前に、つい我を忘れてしまいまして」
「マリコの腕が良さそうだってのは分かったから、その手を離しておやり。あんたが捕まえてちゃ先に進まないじゃないかい」
「おお、これはマリコ殿にも失礼を」
「ふう。いえいえ、大丈夫です」
(た、助かった……)
マリコはようやく解放されて一息ついた。しかし実際、まだ一羽捌いただけである。のんびりしていられる状態ではなかった。
(一通りは見せたんだから、次は実践してもらうことにしよう)
「ではミランダさん、もう一本包丁を出してもらえますか? 私と一緒に脚を切り取るところをやってみましょう」
「えっ!? いや、私にはとてもマリコ殿のようには……」
「脚だけならそんなに難しくはありませんし、誰でも初めから上手にできるものでもありません。それに、大分高く買ってもらったようですけど、私の腕程度ではまだまだです。私より上手い方は沢山いますよ」
「うっ、いや、確かに修練もせずに上手くなるわけはない。マリコ殿の言われるとおりだ、了解した」
二人でそれぞれ鶏を取って、マリコはミランダに見せながらモモ肉を切り取っていく。マリコの言うことに素直に従って包丁を入れていったミランダは、見事に脚を切り離して見せた。
「おお、きちんと切るべき所を切れば、こんなにも簡単に切り取れるものなのか。やはり剣の道と同じなのだな」
(剣の道? ああ、さっきも弱点とか言ってたし、剣術になぞらえて考えたのか。この人も結構できそうに見えるものな)
「では、次は手羽……翼の部分と胸の部分を切りましょう」
マリコは先ほどと同じように、ミランダに見せながら鶏の肩に包丁を入れ、手羽を胸肉ごと身体からはがしていく。モモ肉よりは手間取ったものの、ミランダもなんとか手羽と胸肉を取ることができた。
「こんな風に、引っ張っただけできれいにはがれるものなのか。すごいものだな」
「ミランダさんが先に切るべき所を切っておいたからですよ。それでは、私はこの先をやりますから、後の鶏を胸肉を取るところまでをお任せしてもいいですか?」
ミランダに教えながら最後まで進めるのでは時間が掛かりすぎると考えたマリコは、ミランダに分業を提案した。
「承知した。ここまでなら私でもなんとかなりそうだ」
「ではお願いしますね。途中で分からないことがあったら聞いてください」
二人は並んで包丁を振るい始めた。
◇
しばらくの後、二人の前にはもう鶏は残っていなかった。
「終わりましたな、マリコ殿」
「終わりましたよ、ミランダさん」
「途中までとはいえ、私にも鶏を捌くことができた。マリコ殿のおかげだ」
「いえいえ、ミランダさんが頑張ったからです。続きは次の時にやりましょう」
「その折にはまたご教授を願いたい」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
健闘を讃え合う二人の前のボウルには、切り分けられた部位の山ができていた。後は鶏ガラや内臓など、水洗いが必要な部分が残っている。マリコは流しの方を振り返った。
(そういえば、後で見に行くって言ってたタリアさんが来なかったな)
タリアの姿は流しにはなく、マリコが顔を巡らせるとサニア達と一緒に鍋や油の準備をしていた。じきにマリコに気付いたらしく、タリアが顔を上げた。
「おや、もう鶏は捌き終わったのかい?」
「後は水が要るところが残ってます。女将さん、見に来るんじゃなかったんですか?」
「ああ、そうするつもりだったんだがね。手助けが要りそうにもなかったからやめたのさね」
「えっ? どうしてですか」
予想外の答えが返ってきて、マリコは思わず聞き返した。
「初めはもっと掛かると思ってたんでね。でも見てたらマリコ、あんたものすごく捌くのが早いじゃないか。私やサニアでもあんなに早くはできやしないよ」
「そんなこともないと思いますけど……」
「いや、確かにマリコ殿は早かった。サニア殿には失礼ながら、前に見たサニア殿の動きより格段に早いのは間違いない」
「そうね。私じゃさすがにあそこまで早くできないわよ」
「そんな大袈裟な」
手放しで絶賛するミランダに加えてサニアにまで同調されて、マリコは苦笑した。しかし、これはどちらかと言うとミランダ達の言い分の方が正しい。マリコの認識の方がズレているのであった。
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