363 待つ日々 10
流血シーン注意です。
「マリコ殿、剣だ。剣でお願いしたい」
「え!? いえ、それだと出血が……」
「構わぬ。このような機会は滅多とあるものではなかろう。可能ならば、いっそこれを使って頂きたい」
ミランダはそう言うと腰に差してあった刀を鞘ごと抜いてマリコに差し出した。
◇
マリコの出した修正案。それはミランダに攻撃を仕掛ける役をゴーレムにやらせるのではなく、マリコ自身が行うというものであった。何故そうするのかというと、マリコにもはっきりとは説明できない。
一つには、本人が望んだことだとは言え、瀕死になるまでゴーレムの攻撃を受け続けるミランダを見ていたくなかったということもある。彼我の能力を見比べることのできる今のマリコであれば、一撃で目的を達することも不可能ではないだろう。とにかく、やる以上は全てを自分の責任においてやるべきだと思ったのである。
治癒については、マリコと女神の二段構えとした。せめてもの保険である。マリコだけで万一何かあって間に合わなかったら目も当てられない。今さら治癒一つで肩入れし過ぎにはならない、ということは女神にも確認済みである。
治癒による治療はやはり特殊で傷跡が残らない。しかし、出血が多いと体力の低下もひどくなる。メイスなどの鈍器の方がマシなのではないかと武器を選んでいたところでミランダが先のセリフを発したのだった。
両手で刀を捧げた姿勢のまま、ミランダは続ける。
「不審に思われるかも知れぬが、これは私が刀を好きだから、というだけではないぞ。私もマリコ殿に倣ってみようと思ったのだ」
「私に?」
「此度の件、マリコ殿は己の責において行いたいと言われた。私を『瀕死』に追い込むことを含めてだ。自分から頼んでおいて身勝手な言い草だが、それは決して気持ちのいいものではないはずだ」
「ええと」
「だから私が治癒を得るためというだけでなく、他にも何か理由を付けられないか考えてみたのだ。そして一つ、思い付いた」
「それは?」
「私はこれまで、野豚を含めてそれなりの数の獲物をこの刀で斬ってきた。最初の頃はそれが生命を奪う行為であると呵責も感じていたはずであるのに、いつの間にか鍛錬の成果を示せる喜びの方が勝ってしまっていた」
「いや、それは普通の事なのでは」
食べるために狩りをするのは必要なことである。それに対して引け目ばかり感じていたらやっていられない。どこかで割り切るか、別の見方をしないともたないだろうとマリコには思えた。
「確かにそうなのかも知れない。だが忘れてしまってはいけないことだ。だからマリコ殿に思い出させて頂きたい」
斬られる、つまり狩られる側の感触を知ることで自分のやってきた事の意味を思い出したいということなのだろうとマリコは受け取った。それもまた身勝手な理由付けではあるなと思うものの、ミランダが真剣に考えてくれていることは伝わってくる。
毎度流されている気がする自分と比べて真面目だなあ、と思ったところで肩の力が抜けた。マリコ自身も気負いすぎていたのかも知れない。
「分かりました。お借りします」
小剣を提げていたベルトに受け取った刀を捻じ込むと、開いていた自分のメニューに刀のデータが追加された。属性などの付加要素こそ無いものの、やはりかなりの業物である。
改めて自分とミランダのステータスを見比べ、与えられるダメージを計算する。ミランダほどの強さになると、流石に急所狙いでもしない限りは一撃で即死などということにはならない。普通に斬りつけるなら何回も掛かってしまう。それではゴーレム相手と変わらないことになって本末転倒もいいところである。
使うスキルは強打。その名の通り、力を込めて通常攻撃の数倍の威力を叩き出すこれなら、一撃でHPを半分以上削れるはずである。もちろん、手加減も併用する。これは「HPを何パーセント残す」などという便利なものではなく、いわゆるクリティカルヒットが出なくなるスキルである。これで予期せぬクリティカルヒットによる即死は避けられるはずだった。
「あっ!」
マリコがウィンドウとにらめっこしながら唸っていると、ミランダの声が上がった。何事かと顔を上げると、ミランダは襟元に手を掛けてリボンを解いている。
「何やってるんですか!?」
「いや、忘れていたのだ。このままマリコ殿の剣を受けてしまうと、折角譲ってもらったこの服が傷ついてしまう」
「ちょ、待っ」
マリコが止める間も無く、ミランダはメイド服を脱いでいく。あっと言う間に下着姿になっていた。
「うむ、これでよし」
「何をやっておるのじゃ、と言いたいところではあるが、理には適っておるの」
頷くミランダに、今まで黙って成り行きを見守っていた女神が同調した。こうなってはマリコが何を言っても無駄であろう。合理的であることには違いないのだ。マリコははあと息を吐くと、変化したミランダの防御力を基にダメージ計算をやり直し始めた。
◇
「わしは準備オーケーじゃ」
白い石畳の上、踏み込めばミランダに届く間合いを空けて立つマリコの脇で女神が告げる。
「覚悟はできている。参られよ」
両手を下げ、マリコを見据えてただ立っているミランダが応じた。
「こほん。では、行きます」
無抵抗な半裸の女の子に斬りかかる、という部分に抵抗を感じるものの、今さらやめるわけにもいかない。マリコはスラリと刀を抜いて一旦中段に構えた。怪我の功名とでも言うべきか、防御力の大幅に下がったミランダは強打の一撃でHPのほぼ九割を失うという計算結果が出たのである。
ダメージには若干の触れ幅、つまりランダム部分があるが、最大ダメージが出てもHPを全損させるには至らない。例え最小値であったとしても一撃で瀕死状態になり、追撃しなくても済むことになる。手加減を発動させ、上段に振りかぶる。空気が色を変えた。
狙うは袈裟懸け。左肩から右脇へ抜ける軌道で、脳天と心臓は絶対に避ける。イメージを固め、マリコは石畳を蹴った。
「強打!」
ひょうと風が鳴り、切っ先が振り下ろされる。
「あ!」
その声は誰のものだったか。
マリコを見据えていてもなお、反射的に動いたのだろう。ミランダの左手が身体を庇うように跳ね上がった。しかし、最早白刃は止められない。それはほとんど何の抵抗も無く、胸と腕とを通り抜けた。
鎖骨肋骨胸骨を切り裂き肺を割り、ついでのように手首が腕から離れる。例えHPが残っていても致命傷と言えるだろう。時間と共に血液と生命が零れ落ちる。
はずだった。
「「治癒!」」
それを、待ち構えていた声と魔力の全てを注ぎ込むかのような叫びが許さなかった。フィルムの逆回しのように、肺が膨らみを取り戻し骨が繋がり、それを白い皮膚が覆い隠していく。その上に残ったのは、わずかに足の速かった数個の赤い斑点だけだった。
ただ一つの例外を除いて。
気丈にも、あるいはあまりにも見事に刃が抜けたからか、立ったままのミランダの身体の前を、その左手首だけが赤い糸を引いて落下していく。
しかし、それは石畳に接吻する前に、別の左手によって柔らかく受け止められた。もちろんマリコである。刀を握ったままの右手をミランダの肩に回して、座るように促す。手首を失った側の腕の傷は、治癒によって癒されていた。
「くっ、未熟……」
「いいからッ!」
動いてしまった事を言ったのだろうミランダの呟きに取り合わず、右手の刀をそっと脇に置いたマリコは赤く染まりかけた手首を元の位置に押し付ける。
「修復!」
「んんっ」
再び塊りのように濃密な魔力が流し込まれた。塞がっていたはずの断面と開いたままの傷口から繊維のようなものが次々と伸び、求め合うように重なり合っていく。それらはお互いを引き合い、じきに見えなくなった。
「大丈夫ですか!? ミランダさん!」
ミランダは左手を顔の前まで持ち上げた。裏に表にと捻り、指を曲げ伸ばししてみるが、以前と変わった感覚は微塵も無い。血に塗れてさえいなければ、それが一度切り離されたなど言われても信じなかっただろう。
「ああ、問題無い」
「よ、良かったあ」
マリコがぐにゃりと崩れ掛かるのを、ミランダは慌てて支えた。どちらが怪我人だったか分からない。それを見守りながら女神は腕を組んで息を吐き出した。
(こういうのを怪我の功名というのかの。先は長いが、修復の条件まで面倒なのを一つクリアしおったわ)
修復の取得までにはまだいくつも段階があります(汗)。
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