362 待つ日々 9
「とうっ!」
女神は両腕を真っ直ぐ上に伸ばした水泳の飛び込みのような姿勢で、地面から生えるように穴から飛び上がってきた。身体が完全に穴を抜け、足が床から数十センチ離れたところで女神の落下は止まり、今度は床に向かって落ち始める。女神がほんの少し身体をひねった。両腕を左右に広げ、危なげない様子でしたっと片足立ちに着地する。
「女神様!」
「寝てたんじゃなかったんですか!?」
「出入口を閉めもせずにあれだけドタバタ騒いでおれば、嫌でも目が覚めるわ!」
ドヤ顔で謎のポーズを決めていた女神は上げていた足を下ろし、口をとがらせて腕を組んだ。
「それは誠に申し訳ありませんでした!」
「すみません」
「……ふむ。まあよいわ。マリコも一緒に来ておったのなら、起こされたのも結果としては悪くはない」
女神はマリコを見てそう言うと、腕組みを解いて二人の方へ近付いた。一方マリコは首をひねる。
「私、ですか?」
「うむ。先に尋ねるがこの者、ミランダがここで何をしておったかは分かったの?」
「はい」
それは正につい先ほど見たばかりである。ミランダがいるので口に出すわけにもいかないが、ゲームで言えばスキル修練やレベル上げに当たるだろう。ゲームなら適切な相手が湧出するフィールドへ出掛けて行うところだが、現実ではそういうわけにもいかないので女神が相手と場所を提供したのだと、マリコは捉えていた。
「問題点については?」
「無傷では済まない、という話でしたら、今聞いていたところです」
その話をしていたところへ女神が乱入してきたのである。
「うむ、そうじゃったな」
「私に相談しろとおっしゃったそうですけど……」
「ああ、そう言うた。おぬしならこういう場合、どうすべきじゃと考えるかの」
「私なら、ですか……」
その言い方からマリコは、女神の言う「おぬし」が今のマリコではなく、ゲームでの「マリコ」を指しているのだと気が付いた。ゲームではこういう時にどうしていたか、と女神は聞いているのである。となれば答えは限られるどころか一つしかない。
「先に治癒を取る、でしょうか」
スキルレベルをどこまで上げるかはともかく、ゲームにおいて治癒は必須と言っていいスキルだった。戦闘を全くせずにストーリーを進めることができないシナリオ構成である以上、HPは絶対に削られることになる。
フィールドマップ上での遭遇戦や普通のダンジョンであれば、パーティーメンバーを始めとした仲間や同行者に回復役が居れば事足りることも多い。しかし、単独で挑まねばならないクエストやダンジョンも少なからずあった。自分が「死なない」ためには何らかの回復手段は必要であり、最もポピュラーでかつ効率的な回復手段が治癒だったのである。
「そうじゃろうの」
マリコの答えに女神はあっさり頷いた。しかし、驚いた声を上げた者がいる。ここまで黙って二人の話を聞いていたミランダである。
「私が治癒を!? 可能なのですか!?」
女神とマリコ、二人の顔を交互に見て言うミランダに、マリコが何かを口に出す前に女神が答える。
「可能不可能だけで言えば、可能じゃ。そうじゃろう、マリコ」
「確かにそうですけど、それは……」
「まあ待て。今はこの者に話をしておる」
言いかけたマリコを遮って、女神はさらに話を続けた。
「そこでじゃ、ミランダよ。可能じゃとすればおぬし、治癒を使えるようになりたいか」
「無論です」
「いや待って、待ってください! ミランダさん、分かってて言ってるんですか!?」
マリコは今度こそ割って入った。女神の加護を受けた時から、ミランダは自分のメニューを見られるようになっている。当初はマリコが管理権限を任されていたが、それもミランダの慣れに応じて徐々に権限をミランダに渡してきていた。つまり、治癒についても、その取得条件を知っているはずなのだ。
そして、治癒の取得条件は次の三つである。
・治癒を五回以上受ける
・ポーションを一回以上使う
・瀕死の重傷を負う
ミランダはこの内、一つ目と二つ目についてはこれまでの経験で既にクリアしていた。問題は三つ目である。女神は現在ミランダに、ゴーレム相手に修練して自力でスキルレベルを上げさせている。これはマリコの想像だが、恐らく女神の力で直接レベル上げをするのは「肩入れし過ぎ」になるのだろう。つまり、治癒についても自力でクリアさせるつもりである可能性が極めて高いのだ。
「分かっているつもりだ、マリコ殿。『瀕死の重傷』であろう?」
ミランダはその答えに言葉を失うマリコを置いて、改めて女神に向き直る。
「女神様には、この条件を満たすための方策を伝授してくださるものと心得る」
「ほう、流石じゃの。それではまず、前にいずれはマリコに手伝ってもらうと言うたのを覚えておるかの?」
「もちろん、覚えております」
「それが、これじゃ。もう少し先でもよいかと思っておったのじゃがな。マリコがここにおり、おぬしが望むのであれば、早過ぎるということもなかろう」
女神はそう言って手順を説明し始めた。マリコはミランダのステータスを見る事ができ、なおかつ最高レベルの治癒を使える。つまり、ゴーレムと戦うミランダを見守り、HPが瀕死状態――最大値の十五パーセント以下――になったところで治癒を使えば、ミランダは生命を失う事なく条件をクリアできるということであった。マリコにとってそれは、以前エイブラムとの話の中で検討された方法、ほぼそのままだった。
「できませんよ、そんな事!」
「気持ちは分かるがの。ミランダの先々を考えてみよ。どちらが生き延び易いかの?」
「ぐっ」
「私からもお願い致す」
「ううぅ……」
二人掛かりで説得された結果、とある修正案を加えた上でマリコは折れた。
微妙にシリアス気味(汗)。
なお、エイブラム云々は「231 神々の研究 5」で出てきたお話です。
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