361 待つ日々 8
星々に囲まれた宇宙空間に浮かぶ、石でできた四角いステージ。本来なら神秘的な雰囲気を纏っているはずのそこは、床から立ち上がった壁に区切られて天蓋付きのベッドや流しや机が置かれ、微妙な生活感を漂わせていた。
女神の部屋である。風呂から上がり、一旦厨房に戻っていつものように翌日の準備を済ませたマリコとミランダは、二人してここへやってきた。
「やはり眠っておられるようだな」
マリコとミランダと女神が一辺に寝転がってもまだ余裕のありそうな大きさのベッドの天蓋は銀色の遮光モードになっており、そこを覗き込んだミランダが小声で言う。その言葉通り、天蓋が作り出す影の真ん中には穏やかな寝息を立てる猫耳女神の姿があった。
「女神様が寝てるんじゃ練習も何もないでしょう。どうするんです?」
「ああ、問題ない。こういう場合のやり方も伝授していただいた」
マリコの疑問に事も無げに答えたミランダはベッドから離れた。石の床に目を落とし、そちらに向けて右腕を伸ばす。
「ええと、『開け、ゴマ』!」
「あっ!」
合言葉と共に、ミランダはパチリと指を鳴らした。マリコはそれに見覚えがある。少し前に女神が同じ事をしたのだ。その時と同じように、ガコンと音を立てて石畳の一部が沈み込んでいく。程なく石のステージの表と裏、即ち女神の部屋と女神の間を繋ぐ縦横一メートル半ほどの穴が口を開けた。
「ではお先に、マリコ殿」
「あ、ちょ、待っ!」
マリコが止める間も無く、ミランダはその穴に頭から飛び込んだ。女神に教わった事だからだろう、マリコと違って小指の先ほどの躊躇もない。マリコが穴の縁に立って覗き込むと、向こう側からミランダもひょいと顔を出した。
「マリコ殿も来ていただいて大丈夫だ!」
言うだけ言ってすぐに顔を引っ込める。自分と同じ様に考えているのだろう。マリコが飛び込むのを躊躇するかもしれない、などとは微塵も思っていない様子である。そのあまりに真っ直ぐなあり方に、マリコは仕方ないなと思いながら勢いよくダイブした。
女神の間は月と太陽に挟まれる位置に浮かんでいる。そのため、女神の部屋側で月が天頂にある現在、女神の間の方では太陽が真上から石の床を照らしている。その真昼の陽光の下、床に開いた穴から飛び出したマリコは、ミランダの隣に着地してまぶしさに目を細めた。
◇
「逆撃!」
ミランダは人型ゴーレムの打ち込みを受け流し、返す刀で身体ごと弾き飛ばす。長剣に盾を装備したゴーレムはガシャンガシャンと音を立てて石の床を転がった。それでも立ち上がろうと長剣を杖に身体を起こしかける。しかし、それを大人しく待っているミランダではない。
「刺突!」
手にした刀を腰だめに構え、身体ごとぶつかっていく。避け様のないゴーレムに刃が深々と突き刺さった。ゴーレムの身体に足を掛けてそれを引き抜いたミランダはその勢いを利用して飛び退り、相手から距離を取る。今の刺突が致命傷となったようで、ゴーレムは身体をガクガクと揺らした後、ガシャリとその場に沈んだ。それはじきにグズグズと砂のように崩れて消えていく。
「ふう」
「ミランダさん!」
全てが消えるのを見届けたミランダは息を吐いて肩の力を抜き、構え直していた刀を下ろした。そのミランダも無傷ではなく、頬や腕には赤い筋が流れている。少し離れて見守っていたマリコはミランダへと駆け寄った。
「治癒!」
マリコの身体からいくらかの魔力が流れ、ミランダの傷を跡形も無く消し去っていく。だが、治癒は既に流れ出た血までは消してくれない。取り出した手拭いを水で濡らしたマリコはミランダの頬を拭い始めた。
「かたじけない」
「かたじけない、じゃありませんよ。いつもこんな無茶をやってるんですか!?」
「いや、そんなことはないぞ」
とりあえず一戦やってみるから見ていて欲しいと言われて黙って見ていたらこれである。よほど途中で介入しようかと思ったものの、なんとか耐え切ったマリコは当然説明を要求した。
◇
ミランダが言うには、ゴーレムの動きや強さは設定できるらしい。逆撃の修練のために毎回同じように攻撃してきたり、防御を崩す修練のためにずっと身構えてたりである。もちろん、先ほどのようにそれらを組み合わせた戦いをさせることも可能である。
当初はミランダの希望を聞いて女神が一々ゴーレムを呼び出して――つまり作製して――いたそうだが、ミランダが慣れたところでシステムの操作権限を渡して好きなように修練できるようにしてくれたのだという。ステージの両面を行き来する例の穴の操作も、その時一緒に教わったのだそうだ。
回数をこなさなければレベルを上げられないスキルも多いので、これは修練の方法として有効だとはマリコも思った。ゲームの決まりを現実に持ってきてしまうと、防御系のスキルはともかく攻撃系のものは何百回も繰り返すのが難しいのである。それこそ探検者ででもない限り、機会に限度があるのだ。
こうしてミランダはこの数日、暇を見つけては修練を続けていたらしい。メニューを見せてもらうと、野豚狩りの時にマリコが感じた通り、近接戦闘関係のものを中心にいくつかのスキルが数レベル上昇している。総合的にはバルト組の者たちにもかなり近付いているように、マリコには思えた。
「ただ、同格や格上の相手になってくると今のように、どうしても無傷というわけにはいかなくてな。繰り返そうとするとポーションだけでは追いつかぬのだ。かと言って、これ以上女神様の手を煩わせるのも心苦しい」
「それで私ですか」
治癒も無制限に使えるわけではないが、よほどの低レベルでなければポーションより回復量も多く、ポーションのように使いすぎると効きが悪くなるということもない。
「いやいや、そうではない。確かにマリコ殿に治癒を掛けていただけるのは心強いが、毎回となればそれは手を煩わせる相手が女神様からマリコ殿に代わるだけということになってしまう。マリコ殿に伺いたいのは何か上手い手立てはないかということだ」
「上手い手立て……、解決策ですか」
「マリコ殿に相談してみろと、女神様がおっしゃられたのだ。それ故、とりあえずここへ来て、どんなことをしているのか見ていただいた」
「女神様が?」
「そうじゃ!」
「え!?」
「ぬ!?」
二人で話していたはずが、いきなり三人目の声がした。驚いてそちらに顔を向けると、開いたままだった床の穴から猫耳女神が飛び出してきた。
もし机の引き出しから飛び出してきたら、どこかのネコ型ロボットのようです。
あちらには猫耳がありませんが(笑)。
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