358 待つ日々 5 ★
ミランダと同じ様に門柱の控えを足掛りにして飛び上がったマリコは、壁の上で止まることなくそれをトンと蹴ってそのまま向こう側へ跳んだ。前に出した方の膝を曲げてやればスカートの裾はそこに引っ掛かって無用にめくれ上がることはない。ここでの生活でマリコが身に付けた、カッコイイ――と思っている――飛び降り方である。
扇形に広がる黒い全円スカートを旗指物のようにたなびかせて、マリコは空堀を越えた先、ミランダの隣へと降り立った。ミランダが「ほう」と感嘆の声を漏らす。どうやらカッコイイと思わせることに成功したようである。
壁の外側には二人以外に人影はなく、目の前には野豚が住む森へと続く草原が広がっている。二人はそこでアイテムボックスから装備を引っ張り出した。前回と同じく、マリコは小剣に中型盾、ミランダは刀を佩いて鉢金を巻く。
「じゃあ、行きますか」
「すまぬ、しばし待たれよ。あと一つ」
そう言ってミランダが取り出したのは、紺色で柔らかそうな布の塊。
「我らであればいつでも準備はできていると思っていたのだが、これを忘れていた」
「ああ」
ミランダがそれを広げたところで、マリコはようやく正体に思い至った。しっぽがある身体に合わせて後ろ側の股上が浅く作られてはいるものの、紛うことなきブルマである。
「流石に普段は穿いていない故な」
そう言いながら器用なことにミランダは立ったまま、片足ずつローファーを脱いでは順にブルマに足を通していく。眺めているものでもないなと、マリコは森の方へ目を向けた。流石にまだ野豚の姿は見えない。じきに肩をつつかれ、終わったのかとマリコは振り返った。
「これで先ほどのようなことがあっても大丈夫だ」
「いえ、めくって見せなくていいですから!」
◇
門を後にして、二人は野豚の住む森へと向かった。家を建てるために伐採された木々の名残りである切り株や所々に頭を出した岩などを足掛りに、飛ぶように進んで行く。これはこの二人だけの狩りならではのことだろう。宿で働く娘たちにこの芸当を要求するのはまだ難しい。
(ミランダさん、前より速くなってる気がしますね)
元々バランス感覚に優れるミランダである。この一月ほどのマリコとの稽古でいくつかのスキルレベルやステータスが上がった結果なのだろうとマリコは思った。じきに草原と森の境、木がまばらに生えた林とでも言うべき辺りへ辿り着いたところで、ミランダは足を止めて振り返る。
「マリコ殿。弓なのだが、今日は出さずとも構わぬよな?」
「え? あー、そうですね。と言うか、初めからそのつもりなんでしょう?」
いつもの野豚狩りであれば、まずは遠距離から矢を射掛ける。そうして野豚の足を潰し、ある程度弱らせたところで近接戦に移行してとどめを刺すのだ。マリコも走るのに邪魔なのでまだ出していないが、弓矢は持ってきている。だがこれは本来、女の子たちがより安全に野豚を狩るための手順である。
そもそも、野豚の群れ自体は森のもっと奥で暮らしているという。強いオスである数頭のボスと多数のメス、それにその子供たちというのが群れの構成である。言ってしまえばボスたちのハーレムなのだ。そこにはボス以外のオスの居場所は無い。成体となったオスは群れから追い出され、その縄張りの外側で暮らすことになる。そこで力を付けてボスの座を狙うのだ。
そんな状況に置かれているからか、この群れから離れたオスたちは大抵メスに飢えている。そして、同族たる野豚でなかろうと、メスの匂いを嗅ぎ付けると種付けをしようと襲い掛かってくるのだ。その習性を逆手に取り、マリコたちは自らを囮として寄ってくるオスを狩るのである。
しかし、成長した野豚は人よりも大きく、個体によってはその体重は数百キロに及ぶ。そんなものに殴られたり圧し掛かられたりすればただでは済まない。だからこそ普通ならまずは弓なのである。だが、マリコとミランダであれば。
「おっ、早速見つかったようだ」
「そのようですね」
ミランダが白銀の毛並みに覆われた猫耳をぴょこりと一度動かして林の奥に目を向ける。同じく野豚の気配を感じ取ってそちらを見たマリコの耳にも程なく、薮を掻き分けるガサガサという音が届いた。
いつも通りであれば、林に近付く前に野豚を探すところだ。こちらが先に発見できれば先制の矢を撃ち込める。だが今日のミランダは無造作に、しかも風上に近い側から林に足を踏み入れた。鼻が利く野豚は気付き次第近付いてくるのだから、ミランダに弓を使うつもりがないのはマリコからすれば明らかだった。
「ブゴォ!」
じきに鳴き声が聞こえ、その姿が見え始めた。茶色い毛並みに太く短い首と発達した前足を持つ野豚のシルエットは、イノシシよりむしろゴリラに近い。獲物を捕らえるのに、最早腕というべき前足を振り回すのも同じである。それが今、二人に向かって一直線に進んでくる。
「まずは任せていただきたい」
スラリと刀を抜いたミランダがマリコを見る。マリコが小さく頷くとミランダは地を蹴った。マリコは周囲に気を配りながらも、矢のように飛び出したミランダを目で追う。二者の距離はあっという間に縮んでいった。
野豚がやや速度を落としながら後足で立ち上がった。突出して大きな個体ではない。それでも立ち上がると、顔の高さはミランダに迫る。その右腕が大きく振りかぶられた。相変わらず、押し倒したいのか殴り倒したいのかよく分からない。それに合わせるように、ミランダは刀を右下に流すように構える。
木々の間で、二つの影が交錯した。
素浪臼様よりミランダを大量に頂きました(詳しくは2018/12/03の活動報告にて)。
ありがとうございます。
丁度いいのがあったので早速一枚、挿絵として使わせていただきました。
画像に合わせて本文の方を書いたわけではありませんので、念のため(笑)。
2018/12/07、素浪臼様よりさらに画像を頂いたので、元の物の下に一枚追加しました。
より設定に沿ったバージョンです。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
※「誤字報告機能」というものが実装されたそうです。誤字を見つけたページの下部右側の「誤字報告」から行けるようです。ご指摘の際はご利用ください。




