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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第五章 メイド(仮)さんの探検
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355 待つ日々 2

「……というわけで、あの変神(へんしん)シークエンスを何とかしてください」


 屋根から転がり落ちるところだった少年をあっさり助けたマリコは、その足で女神の部屋に捻じ込んだ。変神を解除する間も惜しんだため、猫耳女神の姿のままである。本を手に寝転がって洗濯機が止まるのを待っていた女神は突如現れたそっくりさんに一瞬驚いたような顔をしたものの、流石にその正体に気付かないはずもなく、マリコをベッドの上へと招き寄せた。


 そこから事情説明という名の文句と愚痴の時間がしばらくあって今に至る。あぐらをかいた女神と正座したマリコの様子は、だらけた双子の姉に苦言を呈する真面目な妹といった風情である。


「むう。変身シーンは変身ヒーロー物の(はな)じゃというのに……」


「傍目にはそうでしょうけど、私には百害あって一利なしじゃないですか!」


 マリコは怒鳴るように言うと、膝の横に二度三度と勢いよく腕を振り下ろした。もっとも二人は女神のベッドの上で向かい合っているので、叩かれた罪もないふかふかの上掛けからはぽふんぽふんと間の抜けた音が上がる。


「大体、皆にバレたら女神様だって困るでしょうが!?」


「うん? それはどうじゃろうかの」


 続けて問うマリコに女神は首をひねる。


「仮にこれが知れたとしてじゃ、皆はどう受け取るかの。おぬしが加護の力を以って密かに何かしておる、と思われるだけじゃろう。わしは困らぬ」


「いや、だって変神とか転移とか、人間業じゃないじゃないですか」


「そういう加護を受けておる、と解釈されるだけじゃろう。これまでの事からも、神はきまぐれで加護の内容も一律ではないと知られておるからの。じゃから……」


 人差し指を立ててさらに言い募ろうとしかけた女神の言葉は唐突に途切れた。視線と立てられた指が宙を泳ぎ、何事かに思いを巡らせている。その様子にマリコは不安を掻き立てられた。


「じゃから、何ですか」


「うむ。ふと気付いたのじゃが、逆の解釈をされるということも有り得るのう」


「逆?」


「つまりじゃな。おぬしがわしの姿に変わっておるのではなく、マリコ(おぬし)の姿こそが仮のもので正体は女神(わし)じゃと思われるかも知れぬ」


 女神がマリコの姿を取って市井に紛れ込んでいると捉えられるということである。考えてみればこの世界にはアニメや特撮どころか、まだ映画もテレビも無い。つまりここの人たちはマリコほど変身ヒーロー物に馴染みがないのだ。となれば、人が神に変身するのと神が人の姿を借りて現れるのとどちらが想像しやすい、あるいは受け入れやすいのか。どう考えても後者であろう。


「余計悪いじゃないですか!」


 ただでさえ妙な二つ名が付きかかって困っているのに、この上正体は神様などと思われたら一体どうなるのか。エイブラムは感激する辺りで留まってくれるかもしれないが、ブランディーヌが黙っているはずがない。突撃インタビューの猛攻に曝される未来を想像してマリコは頭を抱えた。


(これは何としてもバレないようにしないといけません)


 しかし、あの派手な変神を続けていれば、いずれ誰かに見つかるような気がする。一番に発見しそうなのはミランダだが、女神絡みの話なので彼女に関しては口止めしておけば大丈夫だろう。問題はそれ以外の人たちである。


 やはり変神シークエンスを無くしてもらうのが一番だろうと、マリコは改めて女神に目を向けた。女神は自分が困らないからとどこか面白がっている様子である。


(バレることで女神様にも困ることがあるなら……あ)


「女神様」


 マリコは姿勢を正し、真っ直ぐに女神を見つめた。


「なんじゃ?」


「今のままですと、その内誰かに変神シーンを目撃されてしまうような気がします」


「そうかも知れぬの」


「その時には神格研究会の方々が黙っているとは思えません。きっと話を聞きたがると思います」


 神格研究会は未だ不明な点の多い神々に関する情報も集めている。故にそれは自明のことだった。


「そうじゃろうの」


「ですから、その時には包み隠さずにお話しようと思います」


「何? 自ら話すと」


 目立つのを避けていたはずのマリコの言い様に、女神は怪訝な顔をする。そ知らぬふりをしてマリコは続ける。


「ええ。女神様のお手伝いをすることになった経緯を、始めから。ブランディーヌさんもきっと聞きたいでしょうし」


「始めからじゃと?」


「そうです。この部屋を初めて訪れたところから。風と月の女神様の部屋は食べかすと……」


「待て」


「使い終わった食器で溢れていて……」


「待て待て!」


「ゴミで床が見えないほどで……」


「待てと言うておろうが! それにそこまでひどうはなかったわ!」


 黙らないマリコに、しっぽを逆立てた女神がシャーと飛び掛った。正座していたマリコは流石に避けられず、二人の猫耳少女はもつれるようにベッドの上をゴロゴロと転がる。


「彼の者にそんな事を伝えてみよ。神話に書かれてしまうじゃろうが!」


 見た目にはどちらがどちらか判別が付かないが、うつ伏せに転がった相手の上に跨っている方が吠えた。乗られた方は顔を振り向かせて相手を見上げ、落ち着いた声を出す。


「ですから、派手な変神シーンが見つかったりしなければ、そんなことにはならないんです」


「くっ、おぬし……」


 数瞬の沈黙の後、跨った方ががくりと肩を落とした。


「分かった分かった。後で直しておいてやるわい」


 女神に跨られたまま、マリコは突っ伏して安堵の息を吐いた。


「ありがとうございます」


「ところでのう、マリコよ。参考までに聞きたいんじゃが」


「はい?」


「神を脅迫した不心得者には、どんな神罰が相応しいと思うかの?」


「え」


 振り返ろうとするマリコの頭がぐいっと押さえつけられた。その顔の前に女神のもう一方の手が突き出され、わきわきと指を曲げ伸ばしする様が見せ付けられる。


 マリコはまだ変神を解いていない。身にまとうのは転がって着崩れた一枚の布。そして敏感な猫耳としっぽは今、無防備に断罪者たる女神の前に据えられていた。


「ちょ、待っ、ひゃあ!」


「無論、待たぬ」


 マリコが泣くまで、女神は許してくれなかった。

予定調和的神罰……。


誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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