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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第五章 メイド(仮)さんの探検
353/502

349 神の力 6

 川岸に転がる大きな岩の上に音も無く一つの人影が現れる。纏った衣は白で、猫のような耳の突き出した頭と長い尾は白銀。背はさほど高くない。もちろん、女神の姿に変神(へんしん)したマリコである。わずかに浮かんでいた身体が岩に降り立つと、吹き抜ける風が衣の裾をはためかせる。


「んっ」


 マリコは足の裏に伝わる冷たさにわずかに声を漏らした。思わず足元を見下ろしてみると、岩の表面は濡れて光っている。裸足のままそこに立てば冷たいのも道理だろう。もっとも、いきなりで少し驚いたというだけで大した事はない。マリコはふむと納得したように頷いて顔を上げる。


 川は森を裂くように走る谷間の底を流れているようだ。川幅はさほど広くもなく、岸はゴツゴツとした大きな岩ばかりで、所々川の中からも岩の頭が飛び出している。どうどうと音を立てる川は、むしろ岩の間を縫うように渦を巻いて流れており、それは確かに急流と呼べる早さと激しさだった。


(落ちたら泳ぐのは難しそうですね)


 風にめくられそうになる衣の膝辺りを押えながら流れを覗き込んでいたマリコは、出したまま脇の方に寄せてあったウィンドウをちらりと見た。残り時間は一分を切ったところだ。それを確認したマリコは、次に上に目を向けた。誰がどこから落ちるのか。


 川の両側に立ち上がった崖の上からはそれぞれ木の枝が張り出しており、左右を切り取られた帯状の空が見える。太陽は既に山の稜線の向こうに隠れてしまったのだろう。遠くに見える夕焼け空は天頂に向かうに従って濃紺へと近付いていく。マリコが立つ岸辺も薄闇に覆われ始めており、じきにどうどうという音でしかそこに川が流れていると気付けなくなるだろう。


 夜が迫っている。そう思ったところで、マリコは「あれ?」と首を傾げた。マリコが女神の部屋を訪れたのは宿の仕事が終わってからのことだ。時刻で言えば二十一時は回っていたはずである。もちろん宿の外はもう真っ暗だった。それがどうして黄昏時に戻っているのか。


(なるほど。これが時差ですか)


 しかし、クエストの内容を思い返したマリコは、じきにこの明るさの原因に思い至った。


――アニマの国の外縁部


 マリコが今いるのはナザールの里ではなく、アニマの国なのである。ナザールの里が東の端の最前線(フロンティア)でアニマの国はほぼ中央にあるとは聞いていたが、具体的にどのくらい離れているのかまでははっきり知らない。だが、間に転移門がいくつもあるということを考えれば、百キロ単位の話ではないだろう。


 そして、現実世界の地球と同じ様にここでも太陽は東から昇って西に沈む。つまり、夜明けや日没はアニマの国より、ナザールの里の方が早いということになる。どうやら数時間の時差があるということらしい。そう思って改めて崖の上を見上げたマリコは、帯状の空を横切る物があるのに気が付いた。


(あれは、橋?)


 高さにして二、三十メートルはあるだろう左右の崖の上を繋ぐ細長い構造物。それはどうやら吊り橋のようだった。両岸に張り渡されたロープの下に板の通路があり、手すり代わりらしい細いロープが張られているのも見える。マリコは何となく祖谷(いや)のかずら橋を思い出したが、それよりはずっと丈夫そうで床板にもほとんど隙間は無く、馬車でも十分渡れそうな幅があった。


 そうしてマリコが吊り橋を見上げていると、橋の(たもと)に数人の人影が現れた。床板の陰になるところもあってはっきりとは見えないが、大人と子供が何人かずつ居るようだ。大人らしい者たちはそれぞれ鍬か斧らしい棒のような物を肩に担いでいたり何か背負っていたりするので、仕事を終えて帰るところらしい。薄暗さのせいか、そんなところに人が居るとは思っていないのか、マリコに気付いた様子はない。


 やがて、子供らしい小柄な人影が二人、連れ立って駆け出した。後ろの大人たちが何か言っているようだが、二人に止まる気配はない。川幅自体は大したことはないが両岸には岩場があり、さらに崖の傾斜で上ほど広がっている分もあるので、吊り橋の長さはそれなりに長い。走る二人が橋の真ん中辺りまで来たところで、突然ごうという唸りと共に強烈な風が吹き抜けた。


「あっ!」


 マリコの声に橋の上から聞こえる悲鳴が重なる。吊り橋が大きく揺れ、橋自体がめくり返されるようにたわんで波打った。まだ袂近くにいた大人たちが身を屈めたりロープにつかまったりする中、二人の子供は踏ん張り切れずに傾いた床板の上を転がった。一人が何とか手すりのロープをつかむ。しかし、もう一人は転がった勢いのまま、斜めに傾いた吊り橋の外へと放り出された。


「あれかあっ!」


 マリコは立っていた岩を蹴った。三十メートル落下するには三秒と掛からない。岩の上に落ちれば即死、水に落ちても無事には済まないだろう。次の岩に足が届く前に、マリコは斜め上に向けて腕を突き出した。


落下速度調整フォーリングコントロール!」


 緩い放物線を描いて落ちていた子供の勢いが目に見えて衰える。落下速度調整フォーリングコントロールはその名の通り、物の落下する速度を操作する魔法である。


 ゲームでは一定の高さを越えると落下ダメージが発生する仕様だった。それを避ける、あるいは緩和するために使われるのがこれである。もっとも、キャラクターの身体能力が上がると落下ダメージが発生する高さも伸びるので、途中からあまり使われなくなる少々不憫な魔法でもあった。


 岩から岩へヒョイヒョイと飛び移りながら魔法の効果が現れるのを確認したマリコは、足を止めずにそのまま着地予想地点へと急ぐ。落下速度調整フォーリングコントロールはあくまでも「調整」であって、落下速度をゼロにすることはできない。落下ダメージは無くとも、対象はいずれ着地するのだ。川に落ちる可能性が高い以上、放っておく訳にはいかなかった。


 流れの中に突き出した岩の上で、マリコはゆっくりと落ちてくるその子を受け止めた。アリアくらいの、服装からすると恐らく男の子である。気を失っているらしく、ぐったりと動かないその子の息を確かめ、怪我もないことを確認した後、マリコはふうと息を吐いた。


「何とか間に合いましたか。けど、これは……」


 男の子を抱えたまま、マリコは吊り橋を見上げた。風はまだ吹いていたが先ほどの激しさは既に無く、揺れがほぼ収まった吊り橋から男が身を乗り出して何かを叫んでいる。川の流れる音でほとんど聞き取れないが、何を言っているかは容易に見当が付いた。マリコが手を振ってやると、無事だということは一応伝わったようで叫び声は止んだ。


 早く上に連れて行ってやりたいところだが、さすがにマリコでも三十メートル近くを一気に飛び上がるのは無理である。崖を駆け上るのなら何とか、と考えたところで、今の自分が女神の代理だということを思い出した。女神らしくということであれば、崖登りはダメだろう。マリコは軽くため息を吐く。


「ここで『あれ』ですか。まあ仕方ありません。ええと、願えばいいはずですから……浮かべ!」


 今となっては吊り橋の上まで行ければいいだけなので、派手に飛び回る必要はない。マリコの願いに、女神が仕込んだ「裏技」が発動する。マリコの足は岩から離れ、抱えた男の子ごとゆっくりと浮かび上がっていった。

お待たせいたしました。


誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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