347 神の力 4
――間もなく、下記の事象が現出します。現場に向かいますか?
ウィンドウに現れた文章の冒頭にはそんなことが書かれていた。これだけなら何の事か分からないし驚く理由もない。問題はその「下記」で、そこにはアニマの国の外縁部にあるどこそこの街の郊外で子供が急流に転落する、といった事が書かれていた。
ご丁寧にも現場の周辺らしき地図と「事象現出までの残り時間」が一緒に表示されている。残り時間はあと十数分で、ドラマに出てくる時限爆弾のタイマーのようにデジタル表示されたそれは、一秒一秒カウントダウンされていく。そのさらに下での選択肢が点滅していた。
「ちょ、これ何ですか、どうするんですか!?」
マリコは焦って女神の顔を見た。しかし、先ほどまで笑っていたはずの女神は、真面目な表情でマリコを見返してくる。
「何かも何も、見た通りじゃ。もうじき小童が一人、川に落ちる。それは『全知』の力を以って現状を把握し、そこから起こるであろう近い未来を予見したものじゃ。ほぼ間違いなくその小童は川に落ちるじゃろう。放っておけば溺れ死ぬやも知れんの」
「大変じゃないですか!」
「ではどうするのじゃ? 助けるかの?」
「助けるかのって……」
他人事のように言う女神に、マリコは少し呆れた声を出した。
「今見ておるウィンドウはおぬしのもので、それがおぬしにやってもらいたい『仕事』じゃからの」
「え」
マリコは改めてウィンドウを見た。条件や指示と選択肢が並ぶ様子は確かにゲームの時のクエスト開始時そっくりである。つまりこれはマリコのクエストということなのだ。女神はそれを仕事だと言う。マリコは女神へと視線を戻した。
「これ、私にできるんですか」
「さっきも言ったじゃろう。不可能な事を押し付けるような真似はせん。今のおぬしの能力で十分できる。どうじゃ?」
「行きます」
人の、それも子供の命が掛かっているとなれば、行かないという選択はマリコには無かった。無理だと言われても行くことを選んだかも知れない。マリコはウィンドウに指を伸ばした。
「待て。おぬし、そのまま行くつもりかの?」
「そのまま?」
「今の、マリコの姿のままで行くのかと言うておるのじゃ」
「あ……。考えてませんでした」
人を助けるのに格好まで気にしていなかっただけなのだが、誰かに見られる可能性はあるのだ。少なくとも助けようとしている相手には見られるだろう。すぐに「ナザールの里のマリコ」とそれを結びつけて考えられるとは思えないが、これがもし神格研究会の面々の耳に入ったらどうなるのか。
それに女神が「仕事」と言うからには今回限りかどうかは怪しいもので、むしろまたありそうである。もし何度もあるようなら、マリコのところに辿り着かれるのは時間の問題だろう。その時、マリコはどう扱われるのか。そう思い至ってマリコは青くなった。
「そこでこれじゃ」
顔色を変えたマリコを見て、女神は自分の横に置かれた着替えを取り上げた。
「それに着替えるんですか!」
なるほどとマリコは思った。「容姿」の項目をいじれば見た目も変えられる。その上でこれを着て、女神に化ければいいのだ。
「そんなまだるっこしいことをしておったら、危急の時には間に合わぬじゃろうが。システムを組んだと言うたじゃろう? これをコーデ枠の一番に入れよ」
「コーデ枠? ああ! ありましたね、そんなもの」
コーデ枠とはコーディネート枠のことで、アイテムボックスの中にある整理用のある種の区切りである。同じシリーズの衣装の上下や同じ属性の装備など、好きな組み合わせをまとめておくことができるのだが、装備の変更自体は手動であるため、ゲームにおいては整理用以上の意味を持たなかった。
ゲームに似てはいるものの現実である今では、装備変更とは実際に着替えることである。コーデ枠は前以上に意味を薄れさせており、言われるまでマリコもすっかり忘れていた。枠自体はいくつかあるものの適当に入れてあるので、現在そこには別のメイド服がセットされている。
「入れたかの? ではまずこう、ブローチに手の平を当てよ」
マリコが女神の服を仕舞うのを待って、女神はポーズを取って見せた。まずは真っ直ぐに立った状態から左足を少し引いてかかとを浮かし、右足の後ろへ。次に、曲げた両肘を少し左右に張って、指を伸ばした両手をブローチの上で重ねて交差させる。「こうですか」とマリコも同じポーズを取る。
「次はこうじゃ!」
女神は曲げていた肘をビシッと勢い良く伸ばした。左右の腕をそれぞれ斜めに下ろした、身体全体で上向きの矢印になったような形になる。それに倣ってマリコもビシッと肘を伸ばした。
「今じゃ! 叫べ! 『変神!』」
「へ、へんしん!?」
解放されたブローチから真っ白な光が溢れ出した。
どこからともなく明るく勇壮なBGMが鳴り響き、マリコの身体がふわりと宙に浮かぶ。そのままゆっくりと横回転を始めたマリコを光の粒子が包み込み、それに溶けるかのようにメイド服やホワイトブリムなどの身に着けていた物が、首のチョーカーだけを残して消えていく。もちろん、要所要所はきっちり光に隠されていて、曝け出されることはない。
「ちょ!? ああっ!」
いきなり服が消えて驚いたマリコだったが、あちこち隠そうにも身体は固定されたように動かない。続いて襲ってきた感覚に目を閉じて声を上げた。頭と腰の後ろにむず痒いような違和感。これには覚えがある、と思った瞬間、それは全身に拡がった。
「ひゃっ」
人の耳が形と大きさを変えて紫の毛に覆われながら上に移動し、同時に髪の長さや髪型も変化していく。腰の後ろからは髪と同じ色のふさふさしっぽが生える。身体が二回りほど小柄なシルエットへと縮み、胸は大幅に小さくなっていった。
次に白い光の帯が中空からゆらりと現れ、シュルシュルと身体に巻き付いていく。パシンと音がした瞬間、それはサリーかトーガのような女神の服となった。シャランと銀の楽器を奏でるような響きと共に、紫の髪としっぽが一瞬で白銀へと変わり、チョーカーも女神の色となる。
回転を続けながら下降してきたマリコが着地するのと同時にBGMがジャジャジャンと終わりを告げる。顔を上げたマリコがゆっくりと目を開くと、金色の瞳が輝いて残っていた光の粒が四方に飛び散り、シャキーンと効果音が鳴った。
「そこで決めポーズじゃ!」
「誰がしますか!」
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