341 探検隊、東へ? 3
お待たせいたしました。
「あら、おかえりなさい、皆。マリコさんも一緒だったのね」
二つの組と一緒にマリコが宿の入口をくぐると、カウンターにいたサニアから早速声が掛かる。食堂に居合わせた人たちからも声を掛けられる中、一行はそのままゾロゾロとカウンター前へと進んだ。
「ちょうど転移門のところで会ったんです」
「「ただいま戻りました」」
バルトとアドレーを皮切りに次々と帰還の声が上がる。一通り挨拶を交わしたところで、サニアはバルトに顔を向けた。
「母……女将なら執務室に居るわよ。さっきパットさんが来てエイブラムさんも呼ばれてたけど、あなたたちが帰ったら通せって言ってたから入っても大丈夫だと思うわ」
「分かりました。行ってみます」
答えるバルトに頷くと、次にサニアはマリコの顔を見る。
「マリコさんと、ミランダもよね?」
「はい」
「ちょっと遅めだけど、今ミランダは休憩なのよ。部屋にいると思うから声を掛けてあげてもらえる?」
「分かりました」
バルトたちが戻ったらマリコとミランダが見てきた事を改めて話すことになっていた。マリコたちも行くのはこのためである。灰色オオカミを倒したことは先ほど話してしまったが、その後の事がある。いつもの様子を知っているバルトたちであれば、マリコたちの話から気付けることもあるだろう。
「では、我らはここで。バルト殿、ご武運を。サニア様、食事をお願い致します」
カウンター前を離れたところで、アドレーが片手を上げてそう言い、組メンバー共々食堂側へと向かった。姫様はいらっしゃらないのか、などと言いながらも早速テーブルに陣取っているところを見ると、一旦部屋に戻るつもりもないようだ。その様子にマリコはあれと首を傾げたが、じきにその理由に思い当たった。
前回はアドレーたちの補助ということでバルト組が西の洞窟へ同行したが、今回はそうではないのだ。修理や買物の都合で今まで一緒に行動していたものの、それもここで終わり。バルトたちが東に向かうのとは逆に、アドレーたちが次に向かうのは本来の担当地区である西側なのである。
アドレーたちの注文を厨房に通して動き始めたサニアを残し、マリコはバルトたちと一緒に廊下の奥へと向かう。一行が執務室の前まで来たところで、その扉が中から開かれる。出てきたのは飛脚のパットだった。
「確かにお預かりしました。それでは」
「ああ、頼んだよ」
部屋の内側から響いたタリアの声に送られ、パットは「おっと失礼」などと言いながらマリコたちの間を抜けていった。タリアから次の配達物を渡されたようなのでこのまま隣の街へ戻るのだろう。それを見送ったところで、マリコは一行から一歩離れた。
「じゃあ、私はミランダさんを呼んできます」
「任せた」
バルトたちは開いたままの扉を抜け、マリコは廊下の角を曲がってさらに進んだ。住み込みの者の部屋が並ぶ一角、自分の部屋より一つ奥の扉をノックする。
「ミランダさん?」
何度か呼び掛けてみるが返事がない。ミランダは休憩時間中に一眠りしていることも割りとあるので、マリコは鍵を取り出してそっと扉を開いた。
「あれ? いない?」
六畳間ほどの部屋には誰の姿も無く、ベッドの上も膨らんでいない。念のためとクローゼットや押入れの中――ミランダはマリコの部屋の押入れに潜んでいた前科があるのだ――も覗いてみたが、そこにも居なかった。
「どこかで行き違ったんでしょうか」
トイレにも居らず、一応洗濯場まで足を運んでみたが、エリーを始めとしたそこに居る面々は戻って来てはいないと言う。マリコは仕方なく一人で執務室へと向かった。
「おかえり、マリコ」
「マリコ様、おかえりなさい」
「あ、ただいま戻りました」
サニアが言っていた通り、タリアの執務室にはエイブラムの姿があった。タリアは執務机に向かったまま、エイブラムは応接用のソファから立ち上がって迎えてくれる。同じくソファに着いていたバルトたちは特に立ち上がることもなかったが、マリコに向けられた一同の顔にはあれっという表情が浮かんでいる。それはじきにタリアにも伝播して、その眉の片方がひょいと上がった。
「ミランダを呼びに行ったんじゃなかったのかい?」
「ええと、それがですね……」
マリコが言いかけたところで、執務室の扉がコンコンと音を立てた。
「タリア様、ミランダです」
響いた声はまさしくそのミランダのものだった。次いで扉を開けて入ってきたミランダはいつものショートタイプメイド服姿である。しかし、マリコのお気に入りだった赤トラの毛並みはすっかり色が薄くなり、今ではほとんど銀一色と言ってもいいくらいになっていた。
「ミランダさん、どこに居たんですか!? 部屋まで呼びに行ったんですよ?」
「お、おお、それは済まぬマリコ殿。し、少々ヤボ用があって外に出ていたものでな」
聞けば別の用で裏口から出た後そのまま建物の外側を回ったそうで、それでは出て行ったことにサニアが気付かなくても仕方がない。休憩中のちょっとした出入りまでいちいち報告しなければならないわけでもなく、マリコと入れ違いになったのは間が悪かったとしか言い様がないだろう。
「で、バルト殿が戻られたと聞いて馳せ参じたのだが……」
「来たんだからまあいいさね。話を始めるよ」
タリアが無理矢理まとめて、ようやく皆が席に着いた。
◇
「今の話だと、これまでと特に変わったところはないみたいだな」
「そのようだね」
マリコとミランダの話――もちろん、馬のヤシマで駆け登ったことは伏せてある――を聞き終えたバルトの言葉にトルステンが同意する。もちろん、一頭だけ現れた灰色オオカミの事は別だが、それ以外にマリコたちの話から異常は感じ取れなかった。少なくとも山のこちら側は概ねいつも通りなのだろう。
「結局、隣の山まで行ってみないと何も分かりそうにないね」
「ああ……」
至極当然なトルステンの意見に頷いたバルトは黙って何か考えているようである。やがて、ちらりとカリーネたち三人に視線を走らせてから口を開いた。
「隣の山の向こう側まで下りてみるか」
「「「えええ!?」」」
途端に三人から明らかに嫌そうな声が上がる。分かっていたとばかりに、バルトは薄く目を閉じてそれをやり過ごす。それから改めて三人に目を向けた。
「原因があっちにあるなら、行かんわけにはいかんだろう」
「行かない、とは言わないけどね」
「途中までの見回りも一緒にやるなら、いつも通りの七日前後……じゃ済まないよね?」
反対こそしないものの、カリーネとミカエラはあまり乗り気ではないようである。
「こっちの山は手早く済ませるとしても、隣の山は念入りにやるしかないだろう。初めてのところもあるしな。……十日は見ておきたい」
遠出となればそれだけで時間は掛かる。初見の場所を探索するとなれば余計だろう。バルトは重々しく言い切った。
「お風呂……と、これまでなら言うところ」
ポツリとサンドラが呟く。それを聞いてカリーネとミカエラが顔を上げた。そこには先ほどまでの不満そうな表情はない。
「そうね。これまでならそう言うところね」
「でも、今の私たちには!」
「お風呂がある!」
並んで座ったまま、器用にポーズを取る三人。
「十日でも二十日でもドンと来いってものよ!」
最後にカリーネがそう締め括った。先日西一号洞窟から戻ってすぐに宣言通り湯船を仕入れた彼女たちは、最早探検中だろうと何だろうといつでもお風呂に入れるのである。
「……それが言いたかっただけか」
ガクリと肩を落とすバルトの隣で、トルステンは細めた目を笑みの形にしながらもひっそりと額に汗を浮かべた。
確かにカリーネたちは湯船を手に入れた。しかし、湯船だけあればお風呂に入れるというわけではないのだ。下で火を焚くかまど、周囲を覆う壁、場合によっては天井。お風呂に入るには「風呂場」が必要だ。そしてそれらは、土系統の魔法を駆使してトルステンが作るのである。
多少疲れはするが、愛するカリーネたちのために力を振るうことは喜びでもある。
ただ。
それでも。
トルステンは思うのだった。
(毎晩じゃないといいなあ……、ハハハ)
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




