340 探検隊、東へ? 2
「い、いつもならちゃんと脇に避けてるんですからね!」
「そうそう、ナザール以外ではね」
「初めてここで他の人とかち合った……」
マリコに向かって、カリーネを皮切りにミカエラとサンドラが口を開いた。さらにやいのやいのと言い訳めいた話が続く。そんな三人をバルトは呆れ気味に、トルステンは細い目をさらに細めてその様子を眺めている。人の行き来が少ないナザールの門だから油断していた、ということらしい。
もっとも、神格研究会の面々が訪れて以来、転移門の利用者は確実に増えてきている。サンドラは他の利用者――パットのことである――と初めてかち合ったと言ったが、これから先はもっと頻繁に起きることになるのだろうなとマリコは思った。
「皆様方、とりあえず我々も宿に向かいましょう。姫……いや、女将さんにもお会いしなければなりませんし」
埒が明かないと思ったのだろう、アドレーが割って入った。やや大仰な仕草で腕を振って宿の方へと向ける。畑の中を抜ける道を先に行ったパットの姿は、いつの間にかもう宿のすぐ目の前にあった。
「ここで立ち話してても仕方ないしな。行こう」
バルトがそう宣言して、一行はようやく道を進み始めた。マリコは歩きながら一同――と言っても主な相手は女性陣三人だが――と分かれてからの事を話し合う。聞いてみるとバルトたちは今回、中央四国の一つであるヒューマンの国まで行ってきたのだそうだ。
「隣の街だと鎧の新調もともかく、武器の手入れの方がねえ……」
苦笑いを浮かべながらトルステンが説明してくれる。そこそこ大きくなっている隣の街にはナザールの里よりずっと多くの店があるので、大抵の物は手に入れるのに困らないという。ただし、マリコが二つの組に配った、ミスリルやらオリハルコンやらでできた武器類の手入れがすぐにはできなかったのである。
前にマリコがカリーネたちのメイド服を繕った時にそうであったように、武器や防具を修理する際には、それの材料として使われている素材が多少は必要になる場合がほとんどである。必要量は破損や磨耗の具合によるが、隣の街ではそれが揃わなかったのだそうだ。
ナザールより大きいとは言え隣の街は最前線手前の片田舎、良く言っても精々地方都市である。トンデモ武器が大量に持ち込まれるのは想定外だった。さらに大きな街に注文して取り寄せることはできるが、その分時間が余計に掛かる。それならいっそと、自分たちが出向いてみることにしたのだそうだ。
「我々も何とか一緒に転移できるくらいには魔力が増えましたし」
横からイゴールの補足説明が入った。転移門での移動には魔力が必要で、遠くへ行くほど多くの魔力を要する。年齢やレベル、スキルの効果などで魔力量、つまりMPの総量は決まる。彼らもそのくらいには成長してきたという証だった。
「とまあ、そんな感じでヒューマンの国まで行って、手入れとついでに鎧も新調してきたってわけ」
トルステンはそう言って立ち止まると、その場でくるりと回ってみせた。マリコが改めて見てみると、基本的なデザインは以前の物と変わらないが、当ててある金属パーツが増えていたりと細かいところが変化している。何より傷が無くて新しい。転移門から現れたことの方に気を取られてそこまで気にしていなかったのだ。
「私たちもよ」
肩をつつかれて振り返ると、カリーネたちが立っていた。何故か三人で左右対称になるようなポーズを決めている。考えてみればこの三人はメイド服を着て出発したはずだった。元々使っていた革鎧は着ると少々際どい姿になる破れ方をしたらしい。もちろん、今身に着けているのは新品で、破れなどどこにも無い。
「素晴らしい!」
マリコは余計なことは言わずに手を叩いて褒め称える。革を染めた色合いこそ違うが、三人とも割と似通ったデザインなのだ。胸の標高差が顕著に表れている、などとは決して口にしてはいけない。
バルトやアドレーたちの新鎧も一通り鑑賞し、一行は再び歩き始めた。
◇
「え!? 例の灰色オオカミ、退治しちゃったの?」
「ええ、成り行きで……」
里側で何があったか、という話の中で当然出てきた、放牧場の東に現れた灰色オオカミのその後の件である。
「どうやって倒したの?」
「ええと、私が弓で足止めして、ミランダさんが刀で……」
聞かれたマリコはぽつぽつと話を紡ぐ。事実を述べるだけなので、間違いではないが割と地味に聞こえる。それでも聴衆はほうほうと相づちを打ちながら聞いてくれた。
(ミランダさんがいてくれれば……)
若干大袈裟になるきらいはあるものの、自分が話すより聞きやすい話になったのではないか。マリコは少々申し訳なく思った。それでも、それは是非とも拝見したかったと、アドレーたちはしきりに残念がっている。宿に戻ってミランダが合流したら改めて話してもらう方がいいかもしれないなと、マリコは思った。
「やあ、おかえりなさい」
やがて一行が宿を囲む壁に近付くと、門の脇にある小屋から声が掛かった。「ただいま戻りました」と返したマリコが小屋の中へ目を向けると、白髪頭のベンが座っている。きつくなってきた日差しを避けていたのだろう。
(中にいて、よく帰ってくるのが分かりましたね)
「さっきパットが通って教えてくれたからね。後は話し声と足音」
「え」
口にしていない疑問に答えられて、マリコは思わず声を上げる。また顔に出ていたのだろうか。
「このくらいなら顔色を見なくたって気が付くさ。それより、さっさと行った行った。女将さんが待っとるだろう」
年配の人はやはり侮れないなと思いながら、マリコは皆と一緒に宿の門をくぐった。
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