339 探検隊、東へ? 1
一昨日、昨日に引き続いて放牧場の面々に昼食を届けたマリコは、柵を越えて里の東側へと出た。他に用があるというミランダはおらず、今日はマリコ一人である。周りに誰も居ないことを確認した上でマリコは馬のヤシマを呼び出した。
「それじゃ、軽く行きましょうか」
ぶるると返事をするヤシマにひらりと跨ると、マリコは奥に向かって駆けさせた。そのまま一昨日灰色オオカミがいた辺りまで馬を進める。一通り周囲を探った後、来た道を少し戻ってバルトたちの見回りルートであるらしい脇道にもいくつか分け入ってみた。しかし、それらしい異常も灰色オオカミの気配も無い。
「さすがに一日二日では特に変わったところは無かったですね」
「おお、ありがとう。マリコさん」
「お疲れ様」
放牧場の柵の手前まで駆け戻ってそこでヤシマを帰し、放牧場の小屋へと歩いて戻ったマリコは、何食わぬ顔をしてカミルたちに近くの様子を伝えた。さすがにマリコ一人ではあまり時間を掛けると心配されるので「ちょっとその辺を見てきます」と言って出たのだが、皆言葉通りに受け取ってくれているようである。
挨拶を交わして小屋を出たマリコは宿へと足を向けた。放牧場と宿屋の間はほとんどが畑になっている。そこで作業をしている人たちに声を掛けたり掛けられたりしながらマリコがしばらく進むと、黒い一対の石柱が並んで立つ、白い石畳の傍までやってきた。言わずと知れたナザールの転移門である。
とは言え、今は特に用があるわけでもない。マリコはそのまま通り過ぎようとした。しかし、通り過ぎる直前になって転移門に変化が起こった。二本の黒い石柱の間に、白い光が舞い始めたのである。それは徐々に光の幕を形作っていった。
(ん? これは誰かが出てくる印!)
それに気付いたマリコは一旦足を止めるとさらに二、三歩下がった。あまり近くにいると、門から出てきた者にぶつかられる恐れがあるのだ。じきに光の幕は完成し、マリコの予想通りそれを通り抜けて来る者があった。現れた人影は続けて五人。もちろん、マリコはその五人に覚えがあった。
「バルトさんたち……」
「あらっ?」
「マリコさんだ」
「どうしたの?」
つぶやくマリコに気付いた女性陣が、思わず足を止めて口々に声を上げる。それに対してマリコが何か言おうとした時。
「ばっ、そこで止まるな! 早く避けろ!」
「え」
「「あ」」
マリコにとっても最早聞きなれた声が響き、カリーネたち三人は急いでその場から飛び退くように離れた。ほとんど間を置かず、光の幕から新たな人影が現れる。これもまた五人だった。マリコはその五人にも、当然覚えがあった。
「アドレーさんたち……」
「あっ!」
「「「「マリコ様!」」」」
「ミ、ミランダ姫様はどちらに!?」
マリコを見つけた五人がそれぞれ声を張り上げ、カリーネたちの時以上に騒々しくなる。しかし、またしてもマリコが何か言う前に別の声が応じた。
「お前らも! 止まるな! 避けろ!」
おうとかわあとか言いながら、アドレーたちも次々と白い石畳から飛び降りていく。マリコとしては、次の人が転移してくると危ないから早々に石畳から降りろという話は確かに聞いている。しかし、一緒に行動していたはずのこの十人はともかく、最前線であるこの田舎の里にそんなに頻繁に人が来るのだろうかと疑問に思った。
「あ」
ところが、アドレーたちが現れたところで消えていた光の膜が再び掛かり始めたのである。マリコと同じ様に驚いている様子の皆が見守る中、現れたのはジーンズにシャツ姿で腰に剣を下げた、ごく普通の年かさの男だった。しかも、この男もマリコは見知っている。
「こんにちは、パットさん」
「ああ、マリコさん。こんにちは。珍しいですね、こんなところで」
男は飛脚のパットだった。転移門を使って、この里と隣の街の間での手紙などのやりとりを仕事として請け負っており、マリコはタリアの所で何度か会っている。パットはどこか不思議そうに周りにいるバルトたちに視線を一巡りさせた後、マリコに向き直った。
「タリア様は宿にいらっしゃいますか?」
「はい、恐らくは」
マリコ自身は昼過ぎに宿を出たので、今の正確なところは分からないと説明すると、パットはそれなら多分大丈夫だろうと頷いて宿の方へ歩き始めた。少し行ったところで振り返る。
「私一人くらいならともかく、馬車が来ると危ないですから、話をするなら門から少し離れた方がいいですよ」
それだけ言うと再び前を向いて、パットは今度こそ歩み去っていった。確かに馬車が出てくることもあり得るのである。それだと石畳の外まで出ていても轢かれかねない。残された一同は顔を見合わせて頷き合うと、そそくさと転移門から離れた。
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