338 眠れる空の女神 2
冷蔵庫があり、流しの隣には恐らく魔力が燃料と思われる、元の世界のガスコンロに似た形の装置。女神の部屋のキッチンは設備だけはそれなりに――物によってはナザールの宿以上に――整っていた。対照的に整っていなかったのが材料の方である。米や小麦粉はあるものの肉野菜は皆無、調味料の類は塩と砂糖くらいしかない。引き受けたからにはと、何があるのかを確認していたマリコは何だってこんなに偏っているのかと首を捻った。
(そういえば、女神様が食べている物って……)
マリコは思い返してみて気が付いた。それは各地の人々が神々に供えたものなのだ。各種の料理や飲み物などの一部を女神は口にしている。壜ごと供えられるのを丸ごともらうのは悪いからと、蒸留酒については女神本人に頼まれて自分が買って持ってきた。
それを考えれば今ある物の出所も想像がついた。これらも供え物だったということである。供えられた物しか手元にない、つまり手に入らないからこそ、今ここにあるものが偏っているのだろう。肉はともかく野菜類が全く供えられないわけでもないだろうが、日持ちの問題もあっていつもあるというものでもない、ということなのだ。
(理由は大体分かりましたけど、さてどうしましょう)
幸いな事に調味料についてはマリコがある程度持っていた。先日アドレーたちに同行することになった時に買い込んだ物である。しかし食材についてはそれこそ日持ちの問題から、その時買った分の残りももう使ってしまっていて、まともな物はほとんど無い。
何とか考えてマリコが作ったのはパンケーキと干し肉入りのスープだった。材料は貧弱だが、マリコのスキルレベルのおかげで味はまともである。二度寝していた女神を――叩き――起こして食べさせた後、マリコは自分の部屋へ戻る。もちろん、持っていた調味料の残りは女神の部屋に置いてきた。
(自分の分はまた買えますし、何より今回だけで済むような気がしません)
次からは女神の部屋に行く前に食事の用意が要るかどうか尋ねておくべきか。段々とお世話係になっていくような気がするマリコであった。
◇
翌日、サニアたちと共に厨房に入っているマリコの姿があった。現在、ナザールの里全体では田植えの準備が進められている。畑であったところが徐々に水の張られた田に姿を変え、苗代となった田には細い稲の芽が伸び始めていた。サニアによると、麦刈りの時と同じ様に数軒ずつ組になって順番に片付けていくそうだ。
「じゃあ、食堂もまた麦刈りの時みたいにやるんですね」
開いている時間が大幅に伸び、宿の建物の外にもテラス席のような臨時席を設けるのである。マリコにとっても料理担当兼治癒要員としての忙しかった記憶はまだ新しい。
「そうね。けど、あの時よりは少しマシよ。……ああ、でも全体の人数も増えてるから、どうかしら。今年はフタを開けてみないと分からないわね」
「人数が増えたのは分かりますけど、麦刈りよりマシって言うのは?」
増えた分というのは、神格研究会関係である。その支部建設に伴って一時的に増えている工事関係者もいる。
「それは単に、麦畑の全部が田んぼになるんじゃないっていうことよ」
マリコの疑問に、サニアは答えた。休ませる畑や他の作物を植える事になる畑もあって、そちらは当然田植えの対象にはならない。だからその分、一度に出る人手は減るということである。
「宿の方も人数が増えてるし、それを考えればマシになるとは思うわね」
宿の増員分というのは、研究会や工事関係で宿泊客が増えたことに対応するために、これまた神格研究会経由で新たに宿に勤めるようになった人たちのことである。何がしかの経験者が集められたということもあり、こちらはもう普通に戦力になっていた。
麦刈りから一月も経たないうちに、里はあちこち変化している。
(変化の原因が全部私っていうのがアレですよねえ)
「だから大丈夫だと思うわよ?」
「え? 何がですか」
ふと考え込んでいる間にサニアに声を掛けられて、マリコには何の事だか分からずに聞き返した。
「マリコさんが、バルトさんたちについて行ってもってことなんだけど、違うの?」
そのさらに翌日、バルトたちが戻った。
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