335 東の山へ 4
未踏の地と言えば、マリコの頭にまず思い浮かぶのは探検者だった。人が住む領域の周囲を巡って危険を排除し、探索するのが仕事である。しかし改めて考えてみると、探検者はいつも未踏の地に踏み入っている訳ではなかった。
バルトたちを見ていれば分かるが、里のすぐ外側の見回りが普段の仕事であり、折を見て行ったことが無いところへも足を伸ばす。どちらかと言えば既知の地域から出ないことの方が多い。里を広げる時ででもなければ、むしろそれが当たり前なのだ。そうでないと、特にナザールの里のような最前線のまだ小さな集落では安心して日々を過ごせない。探検者は里を守る防衛戦力でもあるのだ。
一方、そうした日常を離れて未発見の転移門を求めるのが門の探検者である。人が既に足を踏み入れた場所に後から転移門が出現したという例は今のところ無かった。それ故に向かう先は必然的に未踏の地ということになる。
今回アドレーたちに同行したことでマリコは「探検者としてなら、やって行けなくもないだろうな」とは思っていた。もちろん一人だけでは無謀だろうが仲間が居れば大丈夫だろうし、楽しいだろうとも思う。しかし、門の探検者となるとどうだろうか。
「何を考えておられるのかは何となく分からないでもないが、門の探検者になりたいとお考えか?」
どうやらまた考え込んでいたようで、しかも何か顔に出ていたらしく、ミランダの声にマリコはハッと我に返った。
「いえ、普通の探検者ならともかく、門の探検者を目指そうとは思わないですね」
「何故か、聞いても?」
「そうですね……」
考え考えマリコは話した。いろいろひっくるめてナザールの人たちに愛着があることや修復のこと。修復については、いくら術者の行動を制限しないとは言っても、定期的に戻って来る探検者と違って、いつ戻るか全く分からない門の探検者になってしまっては後が困るだろう。変な二つ名を付けられたり本にされたりするのは遠慮したいが、求める人に修復を使うこと自体は望むところでもあるのだ。
「なるほど。マリコ殿にとって門の探検者は、柵を断ち切るほどのものではないということか」
一通り話を聞き終えたミランダが頷いた。
「柵……」
「うむ。タリア様が言っておられたのだ。そういう一切合財を振り捨てても新たな転移門を目指したくなるのが門の探検者というものなのだと」
今度はマリコの方がなるほどと頷く。柵と言ってしまうとあまりいい関係ではないようにも聞こえるが、これは縁と言い換えてもいいだろう。この地に目覚めて高々一月余りで、随分といろんなところに縁ができたものだと思う。そして確かに、それを放り出してまで転移門を見つけたいとは思えないのだった。
「そういえば……」
「どうなされた」
「いえ、今までの話と関係ないんですけど、ちょっと思い出したことがありまして」
目覚めて一月というところで引っ掛かったのである。マリコは傍らで一休みしているヤシマに一度目をやるとメニューを開いた。召喚獣の項目を見ていくと、召喚前には無かったものが増えている。それは「召喚獣のメニューを開く」という項目だった。
「ああ、あったあった。ここにありましたか」
「ん? それは……、そんなものも持っておられたのか」
「ええ。実のところ行方不明だったんですけど、ヤシマが持ってたんですよ」
マリコが中空から取り出した物。それは小振りな竪琴だった。ゲームが終わる時に弾いていたものである。同時に、女神と出会ってアイテムストレージが開けるようになった時、そこには入っていなかったものでもある。ゲーム時代の持ち物は粗方再現されていたのに見当たらないので不思議に思っていたのだが、日々のドタバタに紛れていつの間にか忘れていたのだった。
それを、ヤシマ、山の上、目覚めと重なったことで思い出したのである。同時に召喚獣もある程度物を仕舞っておけることにも思い至った。試しにとヤシマの持ち物を調べてみるとそこにあったのだ。
「召喚獣のアイテムボックスか……。時にマリコ殿」
「はい」
「持っているということは、弾けるのであろうか」
「ええと、多分。そんなに上手くはないと思いますけど」
演奏のスキルは一桁レベルでこそないものの、最高の二十には至っていない。しかも、ゲームでは何の曲でも好きに弾けるわけではなかった。候補として登録してある曲の内のどれかがランダムに演奏される。スキルレベルが上がると演奏の成功率が上がり、選べる曲目数が増えていくのだった。
マリコが竪琴を構える。弾き方も譜面もやはり身体が覚えていた。優しく素朴な旋律が流れ出す。ゲームの舞台に降り立って始めに聞く曲。始まりの村のテーマだった。あの時とは違い、山の木々に遮られてここからではナザールの里は見えない。もちろん世界が終わるわけでもない。
(では、何かが始まるんでしょうか)
マリコの心の内の疑問に答える者はなく、ミランダとヤシマだけが黙って曲を聞いていた。
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