330 帰還とあれこれ 4
(さて、どうしたもんでしょうかね、これ)
自分の金銭感覚がおかしくなっているのではなさそうだと一息吐いたマリコは、改めて手の中のお金に目を向けた。ここに来て初めてもらった給料ではあるが、初めて手に入れたお金という訳でもない。マリコが初めて受け取ったお金は、ボスオオカミと戦った後で手にした、魔晶などの売却金である。もしマリコが始めから探検者として活動していたのであれば、それは初めての報酬として初任給的な感覚で受け取っていただろう。
しかし実際には突然、というか多分に棚ボタ的に手に入ったものである。その時は無一文だと思っていた上に支度金という借金まであったので、マリコは特に何か感じるところも無いまま必要な事に使ってしまった。それを思えば今さらな気もしないではないが、何となく初任給だと感じてしまったがために、どうしたものかと考えてしまう。
「先ほどからマリコ殿は、何故百面相をしておられる」
掛けられた声に顔を上げるとミランダが首を傾げていた。その横ではサニアが母親とそっくりな興味深げな表情を浮かべている。どうやらまた顔に出ていたものらしい。
「ええと、初めてもらったお給金でしたから、ちょっと考えてたんですよ」
「何? マリコ殿はこれまで給金を受け取ったことが無いと言われるか」
「あっ、いえいえ。そうではなくて、ここへ来てからってことです」
「ああ、なるほど。これは失礼致した」
取ってつけたような言い訳にはなったが、ミランダは納得したようだった。実際はともかく形の上でマリコは、タリアの求人に応えて他の街からやってきた女中経験者ということになっている。それが今さら初任給をもらったと言い出すのもおかしな話なのだ。
「いえ、失礼と言うほどでも」
「いやいや、マリコ殿はここへ来る前の事をあまり覚えておられぬのであった。であればここでの初めての給金を感慨深く思われるのも無理はない」
「え!? あ、ああ! ま、まあ、それはもうあまり気にしていませんので」
久々に出てきた記憶喪失話にマリコはあわてて手を振って答えた。そういえばそういう話になっていたなと、気にしないどころかほとんど忘れていたのである。逆に言えば、この一月ほどの間にそれだけ馴染んでしまったということでもある。
「と、とにかく! そんな感じで、初めてのお給金だなあと思っただけなんですよ。そ、それでですね、ミランダさんは初めてもらったお給金を何に使ったか、覚えていますか?」
既にマリコと女神の関係さえ知っているミランダである。あまり深く考えられると何かしらボロが出そうだと感じたマリコは、強引に話の方向を転換した。
「私か? 私も給金など受け取ったのはこの里に来てからが初めてだったのだが……」
「あ、そうなんですか」
ちょっと驚いたマリコだったが、考えてみればおかしいというほどでもないなと思い直した。ミランダは簡単に言ってしまえばアニマの国のお姫様である。国を出るまでに給料をもらうような仕事をしたことがなかったとしても不思議ではない。
「ああ。でだな、もちろん自分のためにも使ったのだが、一応父母と弟に土産、というのは少し違うな。記念の品とでも言えば良いか、そういう物を手紙と共に送った覚えがある。無事を報せる意味でもその方がいいだろうとタリア様にも助言を頂いた故な」
「いい事じゃないですか。それで、何を贈ったんですか?」
「……秘密だ」
何をと聞いた途端に、ミランダは目をそらしてどこか憮然とした表情になった。その隣ではサニアが噴き出すのをこらえるように顔を伏せて肩を震わせている。何かやらかしたんだろうなとは思ったものの、マリコはそれ以上追及するのは避けた。
(記念の品、ですか)
ミランダにいい事だと言ったマリコは、それは自分にとってもいい事なのではないだろうかと思った。もちろん、贈る相手は両親ではない。マリコの頭に浮かんだのは二人。この宿における保護者的存在であるタリアと、こちらはある意味産みの親でもある女神である。
タリアに関しては恩も感じ、感謝の念も抱いている。精神年齢的な感覚からすると親というよりは同年代なのだがそこは気にしなくてもいいだろう。一方の女神については少々複雑な気分ではあるが、今の生をくれた相手であることには違いない。恨みつらみを感じるわけではないので、今のマリコは少なくとも不幸ではないのだ。
(問題は何を贈るかなんですが、女神様はいいとして……)
はて、とマリコは考える。そもそも何かを買って贈ろうとすると、この里の中では選択肢が非常に少ないのである。例えば、気持ちということなら花束なども思い浮かぶのだが、これは普段売っている店が無い。野山から直接取ってくるか、自宅の庭や畑の端で育てるのがここで花を手に入れる一般的な方法である。それを持っていくのはプレゼントとしてはともかく、初任給記念としては微妙であろう。
(まあ、あんまり気負う必要もありませんかね)
タリアも女神と同じでいいだろう。そう結論を出したマリコはサニアに顔を向けた。
「またウイスキーを何本か分けてもらっていいですか?」
「え!? こないだの、もう全部飲んじゃったの!?」
探検に出掛ける前に何本か買い込んでいるのだ。サニアが驚くのも無理はなかった。
「いえいえ、さすがにあれはまだ残ってますけど、これは違うんです」
今までの感謝も込めて、女神にはお供え、タリアには直接渡すつもりなのだと説明すると、サニアもようやく頷いた。立場上、今は人前で大酒を飲むことはまずないが、母の好みを知らないはずがないのである。
「ありがとう、マリコさん。女の子らしくはないけど、マリコさんらしいわね」
「ええと……」
何と答えていいのか分からずに曖昧に返事をするマリコの横で、「マリコ殿も私とあまり変わらぬではないか」とつぶやくミランダの姿があった。
ミランダは「これが好きだったはずだ」と、わざわざアニマの国産の物を買い求めて贈った模様。
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