328 帰還とあれこれ 2
2018/05/24 サブタイトルを変更しました。内容は変わっておりません。
「仕事に戻ってくれるのは有難いんだけど、その前にお風呂に行ってらっしゃい」
「修復の方もご入浴を済まされてからで構いません。先方やブランディーヌもそのつもりでおりますから」
報告会が終わり解散となるところで、マリコはサニアとエイブラムからそう告げられた。至極真っ当な理由があるのでマリコは素直に頷く。腰を上げると隣に居たミランダも一緒に立ち上がった。
今日は歩いて戻って来ただけなので大して汚れている訳ではないが、厨房に入るなら別だ。当然着ている物も含めて清潔でないと困る。一方、修復の方は清潔さが効果に直接影響するというわけではない。これが怪我をした現場ならそんなことを気にする余裕もないだろう。しかし今はそうではない。気分の問題ということにはなるが、どうせなら旅塵を落としてからの方がいいに決まっている。
そんな訳で、何をするしてにもとりあえずお風呂からなのだった。
「では、準備を整えて我らも風呂だな」
「そうですね」
二組のメンバーと一緒に買い取りや精算の対象になるアイテムをカウンターに出して任せると、マリコとミランダは一旦それぞれ部屋に戻って着替えやら何やらの準備をする。部屋の前で合流して風呂場に向かう途中の廊下でミカエラたちとすれ違った。もちろんこちらは風呂から上がってきたところである。
「今カーさんも行ったよ」
「他には誰もいなかった」
そんな情報をもらって二人と別れ、マリコたちは渡り廊下を抜けて風呂場の建物に入る。靴脱ぎ場と脱衣所を隔てる暖簾を払ってカラリと引き戸を開けると、番台にいたマリーンが顔を上げた。先ほど聞いた通り、脱衣所の奥にはカリーネの姿も見える。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
「何とか無事に戻って参った」
「大物を狩るとは聞いてましたけど、今日は父は要らないんでしたよね?」
マリーンの父親は食料品店を営むブレアである。狩りの成果が予想以上に大漁だった時や、特に大物が捕れた時には解体要員として呼ばれることがあるのだ。マリーンの問いにマリコは頷く。
「ええ。大物とは言っても、岩の魔物とスライムでしたから」
「それはさすがに食べられませんよねえ」
しばし笑い合った後、脱衣所に向かおうとした二人の背中に「あっ、待って」とマリーンの声が掛かった。
「洗濯物、ありますよね?」
「ええ」
答えるマリコの隣でミランダも頷く。
「今着ているそれも?」
「そのつもり、ですけど」
「じゃあ、脱いだらお風呂に入る前に出しちゃってください」
「え? 今日の分は終わってるんじゃ……」
いつもなら昼前に洗濯は終わりになるはずだった。昼からは乾いた物から順次アイロン掛けや仕分けの作業になる。三日に渡った探検帰りでマリコも当然洗濯に回す物は抱えていた。だが、この辺の事情が分かっているので、風呂から上がる時に今着ているメイド服もまとめて明日の分として頼めばいいだろうと思っていたのである。
「試しにってことで昼からも回してるんですよ、洗濯機。昨日から。すぐならまだ間に合うと思います」
「ああ」
言われてマリコは納得した。半分以上はマリコが原因なのだが、神格研究会の支部設置が決まってから後、宿の泊り客は激増している。そのせいで前にも追加で洗濯機を回すことはあったのだが、それが遂に定例化したらしい。
これまでなら、午後に洗った物の仕分けなどが翌朝の仕事になってしまうことがあるので、作業する人数確保の問題から毎日は難しかったのである。それがエイブラムが宿の従業員として呼び寄せた者が増えたことで、毎日にしても回せるだろうということになったのだとマリーンが説明してくれた。
早く洗濯できるのならそれに越したことはない。快諾したマリコたちはそのまま奥へと向かい、脱ぎ始めたところでマリコが「あ」と声を上げた。
「どうなされた?」
「え、ええと、洗濯物なんですが、私の分も一緒にマリーンさんに持って行ってもらっていいですか?」
己の下半身が異常事態に陥っていることを思い出したのである。帰りに渡すのなら服を着ているので問題はない。だが今すぐだと素っ裸のまま番台まで戻らねばならない。時々風呂で一緒になる以上、いずれ女性陣にバレるのは時間の問題だとは思うが、わざわざ見せびらかす必要もないだろう。かといって、これまでその辺りをあまり気にしていなかったはずのマリコが急に手拭いを腰に巻いていたら、それはそれで不審に思われそうである。
「あー。相分かった。任されよ」
さすがに事情を知っているミランダは耳を一振りしただけで断らなかった。そのミランダの前へ机の上をツツーともう一つ、洗濯物が入った籠が押し出されてくる。
「私のも頼んでいいかしら、ミランダ?」
籠を押す腕を辿ると、そこには少し赤くなったカリーネの顔があった。
◇
(っと、寝てるんですか)
夜も更け、女神の部屋に出現したマリコは掛けようとした「こんばんは」の声を飲み込んだ。ベッドの天蓋が銀色の遮光モードになっているのに気付いたからである。そっと近付いてみると、案の定女神は天蓋の影の下で眠っているようだった。
今日は寝落ちではないようで、胸まで覆った上掛けのお腹の上で手を組んですうすうと穏やかに寝息を立てている。寝る前まで読んでいたのだろう、枕元には神々の判定を待つ薄い本が数冊積まれていた。
わざわざ起こして問い質さねばならないほど急な用は今のところ無い。マリコはまたそっと下がると、黙ったまま部屋のチェックを始めた。床や机の上にゴミや食べかすは落ちておらず、ロープにも洗濯物は架かっていない。
マリコはゴミ箱の中身と流しにあった空き壜を回収すると、隣の部屋に入って一応洗濯機の中を覗いた。仕掛けたまま忘れている可能性に気付いたからである。幸いそんなこともなく、その中は空だった。
(やっぱり、やればできるじゃないですか)
ベッドの傍まで戻ったマリコは、眠る女神の顔を見下ろしてそう思った。ホコリが目に付くほどでもないのに寝ている人の横でホウキを使う気にもなれず、今日はもういいかなと考えたところで、枕元の本の小山が改めて目に入る。
(さすがにまだ無いとは思いますが、念のため)
気にしているのは、ブランディーヌが書きたいと言っていたマリコ本である。マリコは小山をそうっと持ち上げるとベッド脇のテーブルに置いて、自分もイスに腰を下ろした。一冊ずつパラパラと中身を確認していく。
風と月の女神の冒険譚。金の男神のハーレム物。命と太陽の女神の更なる寝坊話。冒険譚は分からないが、後の二つは恐らく「妄想話」とされるだろう。やはりブランディーヌが書いた物はまだ無かった。
ふうと安堵の息を吐いたマリコは、本を元通り女神の枕元に戻すと首のチョーカーに手を当て、小さく「おやすみなさい」とつぶやいてから消え去った。
某様、今回結局大部分がそっち絡みの話になってしまいましたよ(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




