325 西二号洞窟 9
「……という感じで、簡単に言えば核を追い込んで捕まえて、身体から分離するのよ。分かった?」
「「「「「はい!」」」」」
スライムの狩り方講座も終わりに近い。カリーネの問いかけにアドレー組の面々が元気良く返事をした。当のスライムと化した池の近くで全員が水着あるいはそれに近い半裸姿であるという状況とカリーネの口調から、何となく泳ぐ前の注意事項を話しているように見えなくもない。ただ、男たちが手にした武器がそうではないことを物語っていた。
「それじゃあ、実際にやってみることにしましょう」
◇
魔物としての危険度で言えばスライムの順位は決して高くない。だがそれには「元気で動けるなら」という但し書きが付く。スライムの動き自体は遅く、単に逃げるのなら簡単である。だが、怪我を負って動けなくなったり、うっかり近くで眠ってしまったような場合には、スライムはゆっくりとにじり寄って来る。そして全身を包み込もうとするのだ。
スライムの粘液には金属を含む多くの物を溶かすという性質があるが、何故か生きている物はほとんど溶かさない。それを知っているのか、生き物を捕らえたスライムはそれを包み込んでまずは死体に変えようとするのだ。その後、ゆっくり溶かして吸収するのである。
また、生きていれば身体は大丈夫だが、身に着けている物はそうもいかない。斬り付ければ剣は傷み、溶けて無くならなくとも切れ味や耐久度は確実に落ちる。防具も薄くなったり穴が開いたりとやはり無事では済まない。
スライムから取れる物の内、主に「金になる」のは二つ。身体の大部分を構成する粘液と核の中から取れる魔晶である。粘液は水分を飛ばして樹脂のような使い方をされたり、多くの物を溶かす性質を利用して加工に使われたりとその需要は高い。一方の魔晶は魔道具の魔力供給源、つまり充電式乾電池として常に求められている。
スライムの倒し方自体は単純である。体内に浮かんでいる丸い核を破壊すればスライムは死ぬ。しかし、この粘液の性質そのものが、スライム狩りを少々厄介でリスキーなものにしていた。
武器での攻撃は、まず粘液に触れる武器そのものの損傷を覚悟しなければならない。また、核が粘液に浮いているという状態なのでぬるぬると滑って逃げる上に有効打を与えにくい。さらに、体内にある核は比較的速く移動する。当たりにくい、効きにくい、こっちが傷むといいところなしなのだ。
なら魔法による攻撃はどうか。雷系統の魔法は身体自体が避雷針の役目を果たしてしまうので、動きを鈍らせることはできるがほとんどダメージにならない。水系統の魔法は同じ属性に当たるので効きにくい上に多くの場合、粘液を水で薄めてしまう。火系統は効きが悪い上に熱でやはり粘液を傷める。金属・土系統の魔法が一番効くが、これらは思い切り不純物を混ぜ込むのと変わらないので、売り物としての価値を大幅に下げてしまう。
いずれにせよ、スライムの体内で核を破壊した場合、その中にある魔晶が露出して粘液に触れてしまうという問題も抱えている。スライムが死ぬか核から切り離した場合には粘液の溶解能力は下がるとされているが、それでも魔晶を損傷させるのには十分なのだ。悪くすれば使い物にならなくなる。
こうした理由から、装備の損傷を避けてなおかつ戦利品の価値を下げない方法が模索された。その結果編み出されたのがカリーネたちがやっている、裸に近い格好で核を捕まえて切り離す作戦である。もっとも、これは洞窟内でほぼ無防備になるという別のリスクが発生するので、別の条件として安全確保が必須になる。
◇
マリコとミランダは池の縁に並んで立っていた。今から二人で核の追い込み役になるのである。ミカエラはこの役を普段一人でやっているが、それは慣れているからこそできることで、さすがに誰もマリコたちにも一人でやれとは言わなかった。
教えられた通り、池の真ん中辺りに黒っぽい核が沈んでいるのが見える。時折天井から水滴が落ちてくるが、粘液の粘りのせいか波紋はあまり立たず、その姿はさほど揺れなかった。
(なんだかテレビの温泉レポーターみたいですね)
粘液が付くと髪が溶かされるということで、二人は風呂に入る時のように頭に手拭いを巻いて、そこに髪を押し込んでいる。アーマービキニという水着姿で頭に手拭いという格好に、マリコはそう思った。「水着着て温泉に入るなんて!」というクレームが付く、あれである。
「準備はいい?」
邪魔にならないよう、池から少し離れたカリーネの声がマリコの意識を引き戻した。顔を上げると池のほぼ反対側には、すぐには溶かされないように強化を掛けられた手桶を持ったアドレーとイゴールが立っているのが見える。もちろん彼らが核の捕獲役である。
「大丈夫だ!」
ミランダが答え、マリコも頷く。
「じゃあ、そっと入って!」
「承知。ではお先に失礼致す」
マリコに断ったミランダが言われた通りそっと池に足を踏み入れる。池は底に若干凹凸があるものの、深さは大したことがない。恐らく一番深い所でもマリコの膝が浸かる程度だろう。
「おお、これはなかなか……」
池の中に立ったミランダは、上げたしっぽを揺らしながらそう言うとマリコを振り返った。髪と同じでしっぽの毛も溶かされるのだが、これは隠してしまうのが難しいので自分で気を付けるしかないということになっている。
「マリコ殿、気を付けないと滑るぞ」
「はい」
少し腰を落とし、片足を水面に近づけたところで、マリコの首筋を水滴が襲った。
「ひゃっ!」
普段なら肩口まである髪に守られていたはずのマリコの首は、手拭いを巻いているせいでむき出しである。そこを狙い撃たれ、思わぬ冷たさに声を上げたマリコは、そのまま池へと無造作に足を突っ込むこととなった。
「あっ」
滑るぞと言われた池の底の感触は、マリコの予想以上だった。スライムが細かい凹凸を溶かしてしまっているのもあるだろう。滑らかな石にセッケンか油でも塗ったような感触。ありていに言ってしまえば潤滑ローションのプールにはまったようなものである。マリコの足はそのままつるりと滑った。
「冷たっ!」
とぷんと小さな音を立てて尻餅をつく。粘りのせいで派手に飛沫が上がることもなく、反射的に手を伸ばしたおかげでなんとか身体ごと池に滑り込むことだけは避けられた。直接石の上に転んだわけではないので幸いなことに痛みもない。マリコがふうと息を吐くと、その耳にカリーネの悲鳴のような叫びが飛び込んできた。
「何してるの! 早く、早く立って、そこから出て!」
カリーネの声はそれで終わりではなかった。他の皆の方へ振り返る。
「ミランダ! マリコさん連れて池からできるだけ離れて! ミカちゃん、火矢準備! それから男共はこの広場から出て! 急げ! 駆け足!」
「し、承知!」
「分かった」
「「「「は、はい!」」」」
鬼気迫るカリーネの様子に、男性陣はわらわらと通路へと駆けていく。ミランダに手を引かれて立ち上がったマリコは足元に気を付けながら池から離れた。二人の身体からはスライムの粘液が長く長く糸を引くように伸びていく。それは池から数メートル離れてもなお伸び続けた。
「火矢!」
ミカエラの魔法が飛び、ぷちゅんと少し間抜けな音と共にようやく粘液の糸が断ち切られた、次の瞬間。
「水流!」
再びカリーネの声が響き、以前マリコが水で出したのとは比較にならない勢いの水の流れがマリコの下半身、スライムに浸かった部分に叩きつけられた。一緒にいたミランダも当然巻き添えを喰う。
「痛っ! いたたたたっ!」
「うわっ! 冷たっ!」
「マリコさん、避けないで! 洗い流して!」
水流は水系統の攻撃系魔法の一つである。加減してあるとはいえ結構な衝撃が来る。それでもカリーネの必死な様子に、マリコはなんとか避けずに受けた。じきに魔法は止まり、今度は心配そうな顔になったカリーネたちが近付いてくる。
「カリーネ殿! いきなり何をなされるか!」
「何をなされる、じゃないわよ! ああ……間に合ったかしら」
「間に合うって何がですか」
びしょ濡れになったミランダの苦情を聞き流すカリーネにマリコは聞いた。あの雰囲気はただ事ではなかったのだ。
「スライムの粘液はいろんな物を溶かしてしまうのよ」
「ええ、そう聞きました」
「どうしてか生き物は溶かさないんだけど、髪や爪の先なんかは溶けてしまうのよ。だから……」
カリーネはそう言うと、マリコのアーマービキニのボトムに目を落とした。トンデモ材料で作られたそれは特に見た目も変わらず健在である。しかし、それは一体何を包んでいたのか。
「ま、まさか……」
マリコのつぶやきに黙って頷きを返すカリーネ。マリコは血の気の引くサーッという音を、自らの頭の中で聞いた。
◇
「マ、マリコ、さん、大丈……」
「来ないでください!」
「え!?」
「いいから、近寄らないでください!」
「い、いや、俺はただ心配だっただけで」
しばし後、広場に呼び戻されたバルトを待っていたのは不機嫌なネコのようになったマリコだった。近付くとフシャーと威嚇するような声を上げ、何か身体をかばうように後ずさっていく。
途方に暮れるバルトを、事情を察したトルステンがそっとそこから引き離した。
活動報告には書きましたが、次回(5/3)の更新はお休みとさせていただきます。
GWは相変わらずあまり休みがないもので(汗)。
またしても代わり、というわけではないのですが、こちらはほぼできておりますので『異世界チートスライム』をその日に更新する予定です。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




