321 西二号洞窟 5
「動いた!」
最初に転がった岩の近くにいたエゴンが、グレーの毛並みの耳を震わせて振り返る。動き始めたところを直接目にしたのではない。岩が転がってこすれ合う音をその耳が捉えたのである。
その直後、エゴンの声に触発されたわけでもないだろうが、あちこちに転がっていた岩が一斉にゴロリ、ゴロリと動き始めた。転がっていく先は全て同じ。中央でただ一つ転がらずに留まっている一際大きな岩だった。
「立ち上がられる前に……、どうだ!?」
アドレーは岩が転がっていく先の、何もない空間を斬りつけた。バルトたちから岩の魔物の触手、つまり手足の部分はその継ぎ目に刃を入れることで断ち切ることができると聞いている。ならばそれは繋がってしまう前にもできるのではないかと考えたのである。
しかし、斬りつけた刀は何の手応えもなく文字通り空を切った。
「ちいっ! そう都合よくは行かないか」
辛うじて剣先が鍾乳石の床を叩く前に刀を止めたアドレーは舌打ちする。変身の最中に攻撃を仕掛けて倒すのは無理のようだった。
やがて全ての岩がゴツンゴツンと音を立てて繋がり合った。伸びた岩の触手の数は前と同じ五本。それが中央の岩を中心に放射状に生えている。
「本当にヒトデみたいですね」
「マリコ殿は本物のヒトデを見たことがおありか」
アドレーたちを見守りながらぽつりとつぶやいたマリコの言葉にミランダが反応した。
「ええ。大分前ですし、せいぜいこれくらいの大きさですけど」
マリコは片手の指を伸ばし、手の平を広げきらずに小さめのパーを作って見せる。元の世界での記憶だが、こちらにも海には大小のヒトデがいるとは聞いているので言っても問題ないだろうと思った。
「何!? 本物はそんなに小さいのか」
「あんな大きさのがいるとは聞いたことがないですね」
動き始めた岩の魔物を指してマリコが言うと、ミランダはふむうと感心したような唸り声を出す。聞けばアニマの国は海に面していないので詳しい話を聞いたことがなかったらしい。
「海そのものはヒューマンの国を訪れた時に見たのだがな」
危ないからと近付かせてくれなかったのだ、と続けたミランダは、おっと声を上げた。アドレーたちが仕掛け始めるらしい。
「起き上がる前に少しでも削るぞ!」
「「「「おお!」」」」
岩の魔物は三本の触手をたわめて地面に突っ張り、立ち上がろうとしている。そこに駆け寄った五人がそれぞれ別の触手に斬りつけた。ザリッと岩をこする音とガキンと叩いた音が混ざる。たわめられた三本の内の真ん中、立ち上がれば頭の部分になる触手の先端がゴトリと音を立てて転がった。アドレーが見事に切り離したのである。
「おおっ!?」
「うわっ!」
途端に触手の一つが横薙ぎに振り払われた。そちら側にいたアドレーとイゴールがあわてて飛び退く。しかし、その隙を突いて反対側からウーゴがこげ茶のしっぽを揺らして再度斬りかかった。今回の斬撃はうまく継ぎ目に叩き込まれ、また一つ岩が切り離される。
「よし! この調子で行くぞ!」
手にした刀を握り直したアドレーが声を上げ、五人はまたそれぞれ斬りつける。結果、岩の魔物は立ち上がるまでにもういくつかの岩を切り取られることになった。
「あれはいい手ね」
「でも斬りつけるのはボクには無理」
「サンちゃんに斬りかかれなんて言わないわよ。氷の拘束か氷棺で起き上がるのを邪魔すればいいじゃない」
「あ、そっか」
「うーん、あたしなら……」
マリコとミランダのさらに後ろ、壁際近くに控えたカリーネたちが真剣な様子で言い合う。結果的に今回は出番なく終わりそうだが、バルト組にとってもこの戦いは他人事ではないのだ。東の洞窟でいずれ再戦することになる。
◇
「うおっと!」
「こなくそ!」
「うひゃっ!」
岩の魔物が立ち上がってからは戦いの様相が変化した。当初の予定通り、アドレーたちが回避に注力し始めたからである。ただでさえ岩の隙間に刀を撃ち込むことは難しい。それが振り回されていれば余計である。逆に岩の魔物の拳は重く硬く、まともに喰らえばただでは済まない。故に彼らはまず避けることに重きを置いているのである。そして隙を見て攻撃を仕掛ける。
そうして十数分の時間が過ぎ、アドレーたちは岩の魔物の触手五本の内二本をほぼ削り切った。攻略法が分かっていたことが大きいとは言え、これはバルトたちのペースよりかなり早い。その時、足を削られた魔物が別の触手で立ち直すべく、側転するように身体を大きく横に回転させた。
「ぐ、しまっ……」
「イゴール!」
振り回される腕を避けることに慣れてきたところで起きたこの突然の動きに、たまたま魔物の回転する先にいたイゴールが対処し損ねた。迫り来る岩と自分の身体の間に辛うじて刀を滑り込ませ、押し潰されることだけは避けたものの、車に撥ねられたように弾き飛ばされる。
「ミランダさん!」
「承知!」
マリコとミランダは同時に動いた。マリコは地面をバウンドしていったイゴールの元へ、ミランダは腰の刀を抜き放ちつつイゴールの抜けた穴を埋めるために走る。
「イゴールさん!」
「ハッハッ、マ、マリコ様……」
転がったイゴールは驚いたことに刀を手放していなかった。しかし、その分受け身を取り損なったのだろう、身体のあちこちから血を流している。マリコが見た限り、幸いにも致命傷と思える怪我はない。早速治癒が施される。
イゴールの呼吸が落ち着き、大事無いことを知らせるために立ち上がったマリコはミランダに向かって大きく手を振った。それを見届けたミランダは岩の拳をかわしながらアドレーに顔を向ける。
「アドレー! このままでも倒しきれるとは思うが、いかが致す!?」
できないことではないと分かった。刀を一閃、また一つ岩を切り離してアドレーは答える。
「今回はここまでと致します」
「分かった。マリコ殿!」
ミランダが叫ぶ。その声が届いた瞬間、マリコの周囲に魔力が渦を巻いた。
「付与! 強化! 祝福! 身体強化! 物理障壁! 防護!」
てんこ盛りの支援系魔法がアドレーたち五人に降り掛かる。程なく、岩の魔物はバラバラの岩へと戻された。
仕事の都合等により、申し訳ありませんが次回(4/12)の更新はお休みとさせていただきます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




