318 西二号洞窟 2
広場の空気はここまでの通路と同様、湿気を含んでひんやりしている。灯りを前に掲げてぐるりと見回し、岩の魔物の姿がないことを確認したバルトとアドレーは一行を入口に残してそこに足を踏み入れた。
「前と変わったところは無いか?」
「……今のところ、特には」
バルトの問いにアドレーは改めて視線を巡らせて答える。見た限りそこに前と変わった様子は無かった。若干の凹凸はあるものの比較的平らな白っぽい鍾乳石の床が広がり、壁は鍾乳石がカーテンの襞のようになっている。
一方の壁際には中身がスライムと化した池が見え、襞に隠れて今いるところからは直接見えないが、奥の壁にはさらに奥へと続く穴が開いているはずだった。そこまでの床にも特に傷や跡が増えたようには見えない。
「あれが通ったのなら何かしら跡は付くだろうしな」
バルトとアドレーは広場を抜け、壁が崩れて奥へ続いている道を覗き込んだ。しかしそこにも特に変化は無く、アドレー組が出てきた時のままのようである。
「やはり出てきていないようですね」
「奥の広間、だったか。結局そこに留まっているということか」
そう結論付けた二人は一旦広場の入口に戻り、そこで待っていた一行を招き入れた。
「確かにすごいな、ここは! こういうのを幻想的と言うんだろうな」
「そうでしょう?」
入ってきたミランダがまた天井を見上げて声を上げ、アドレーが応じる。天井は高く、無数の細長い鍾乳石が垂れ下がっているせいで灯りの光もその奥全てまでは届かない。その様子は無数の槍の穂先が闇の中から生えているようにも見えた。
「なんだか落ちてきそうでちょっと怖いですね」
ミランダに釣られて上を見たマリコがつぶやいた。剣山を逆さにしたような天井が何となく「吊り天井」のように見えたのである。もっとも鍾乳石は結構頑丈なので、地震でも起きない限りは勝手に落ちてきたりはしないだろうと思い直した。他のメンバーはと見ると、それぞれ辺りを見回したり壁や床を確かめたりしている。
「あれがスライムになってたっていう池ね」
当面危険は無さそうだということで、カリーネがミカエラとサンドラを伴って池の方へと歩いていった。一応の警戒はしつつ、残りの皆もそれに続く。そこに近付いたマリコに見えたのは、話に聞いた通り池と言っていいかどうかという大きさの水たまりだった。面積としては宿の風呂場の男湯と女湯の浴槽を合わせたくらいだろうか。
基本的には広場の中で低い所に水が溜まったものなのだろう。池の底は広場の床と同じ白っぽい鍾乳石で、所々凹凸があるのも同じである。カリーネたちは池を囲むように別れ、それぞれの灯りで照らしながら中を観察しているようだった。
「あっ! 見つけたよ、カーさん。ほら、あそこ」
じきにミカエラが声を上げて池の中を指差した。皆と一緒に池を囲んで眺めていたマリコもそこへ目を向けたが、ミカエラが何を指しているのか分からない。
「ああ、あれね。見えたわ。うん、思った通り」
しかしカリーネには分かったようで、頷いてアドレーの方を振り返った。
「核よ。まだ小さいけど」
「核?」
キョトンとした顔をするアドレーにカリーネは答えた。
「スライムはね、増えるのよ」
詳しい原理はまだ解明されていないものの、魔物について分かっていることがいくつかある。まず、洞窟内で構成材料や魔力といった条件が揃うと魔物が発生する。次に、そのまま放っておくと環境が許す限り増える。そして、もしそこにいる魔物を狩り尽くした場合、発生条件が揃ったままなら時間は掛かるがいずれまた発生する。
カリーネはアドレーの報告通り、池の中央付近に大き目の核があるのはすぐに発見できた。ならば増えている可能性もあるのではと、第二の核を探していたのである。これらのことを簡単に説明したカリーネは改めてアドレーに目を向けた。
「細かいことは研究会の人たちに任せるとして、私たち探検者にとって大事なことはね。増えているんだから、一匹目は狩っても大丈夫だってこと。うちは東の洞窟で、そうやってこれを定期的に狩っているの」
今いるスライムを全滅させてしまうと次にいつ発生するか分からないが、二匹目以降を残しておけばさほど時間を置かずにまた増えるということである。
「では、我々も……?」
「ええ。収入源が一つ、増えたわね」
「し、しかし、我らはこれを安全に狩る方法を存じません」
生き物は溶かさないとはいえ、時間を掛ければ金属さえも溶かしてしまうスライムである。狩っても大丈夫と言われてはいそうですかと狩れるものではなかった。
「それは教えてあげるわよ。構わないわよね? バルト」
「使い道もいろいろだし、産地が増えれば喜ばれる。構わないよ」
バルトは笑って許可を出した。秘密にするほど特殊な技があるでもなく、ちょっと考えれば思いつけるような方法である。これまで大っぴらに言わなかったのは狩りの際の光景――バルト自身が見せてもらったことはない――故だった。バルトはそのことを思い出して眉根を寄せる。
「でも、いいのかカーさん。あれだろう?」
「ああ。それは大丈夫。一応準備はしてあるから」
「……ならいいんだが」
話は着いたとカリーネはアドレーに目を向け直す。
「というわけで方法の伝授がてら、スライムを狩ります」
「何から何まで忝い。ありがとうございます」
「ただし、今じゃなくて岩の魔物の件を片付けてから、帰りにね」
「それはもちろん」
スライム狩りはあくまでついでである。二人とも優先順位を違えるつもりはなかった。また、可能性は低いだろうがスライム狩りの最中に岩の魔物が出てこないとも限らない。
「あ、そうだ。マリコさんたちも参加する?」
話が決まったところでカリーネはマリコとミランダに水を向ける。池の縁でミカエラに増えていたというスライムの核――まだ親指の先くらいの大きさだった――を教えてもらっていた二人は顔を上げた。
「私が混ざって構わないんですか?」
「ええ。技術的に特に難しいというわけではないから、二人なら余裕だと思うわよ」
迷惑になるのではというマリコにカリーネは軽く返す。一方、ミランダはいつものように積極的である。
「狩りとなれば私は是非とも加わりたい。共に行こう、マリコ殿。何事も経験であろう」
「そうですね。そういうことならお願いします」
この先また、今回のように探検に同行することがないとは言えない。せっかく機会があるのだから教わっておくべきだとマリコは思った。
「決まりね」
カリーネが笑顔で頷く傍らで、バルトが何とも言えない微妙な表情をしていたことにマリコは気が付かなかった。
バルト組のスライム狩りの話は「078 探検者達 3」、「079 探検者達 4」で出てきたものです。
あれに混ざる予定となったマリコさん(笑)。
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