032 寝起き 5
(この形、覚えがあるような、って、ああハーウェイ様か)
巨乳女神様の首でいつも光っていたチョーカーを、マリコは思い出した。位置的に直接見て確認はできないものの、触った限りは同じ形に思えた。
(じゃあこれ、神様関係の物なのかな。これにどういう意味があるんだろう?)
チョーカーを撫でたり石をつついたりしてみたが、何も起こらなかった。
(本当に神様が着けてくれた物なら、いきなり縮んで首がちぎれたり爆発して頭が吹き飛んだりはしないだろうけど。うーん、分からんな)
マリコはチョーカーから手を離して襟のボタンを留めた。改めて首に触ってみると、チョーカーは高めの襟の内側にすっかり隠れてしまっていた。
(特に苦しくもないし、大体今まで気が付かなかったくらいなんだから大丈夫か。はずせそうにもないし、今はどうしようもないな)
チョーカーのことは当面保留としたマリコは、ベッドの上からタックの入ったフリルが肩と裾に付いたエプロンを拾い上げて身体に当てた。両肩から後ろにそれぞれ伸びたリボンを背中で交差させて腰のところのボタンに留め、ウエストの両側に付いているリボンを後ろで蝶結びにすると装着完了である。エプロンについては、ゲームの中で見えていた形から大体の構造が分かっていたので、マリコはさほど苦労せずに着けることができた。
(一応、服はこれでいいのかな)
マリコはその場でくるりと回ってみた。すると、黒いスカートのドレープが少し広がって、花が開きかけたかのよう見えた。
(お?)
もう一度、今度はさっきより少し勢いをつけて回った。スカートの花はさっきより大きく開いた。
(おお、なんか面白い)
くるりくるりと、マリコが勢いよく回るとスカートの花も大きく開いていく。マリコは三度四度と繰り返し回り続けた。
マリコのメイド服のスカート部分は、いわゆる全円スカートになっている。そのため、勢いよく回っても裾が途中で突っ張ることはなく、そのまま真横近くまで舞い上がる。つまり、その状態を横から見ると下半身が丸見えになるのだが、マリコ自身は気付いていなかった。
「あ」
何度か回り続けた後、マリコはふと我に返った。回転が止まり、黒い花は閉じた。自分のやっていたことが急に恥ずかしくなってきたマリコは、あわてて周りを見回し、誰も見ていなかったことを確認して安堵の息をついた。
(子供じゃあるまいし、何をぐるぐる回って喜んでるんだ。いや、確かにちょっと楽しかったけど)
顔を少し赤くしながら、ベッドの脇に置いてあった編み上げブーツを取って椅子に座った。ブーツは黒い革製で、七、八センチ程のやや細めのヒールが付いている。サンダルを脱いでブーツに足を入れ、靴紐を締めていく。両足とも結び終わると、立ち上がって二、三歩歩き、具合を確かめた。
(ん、こんなもんかな。……いや待て待て。こんなもんかな、じゃないだろう。なんで私、かかとがこんなに高い靴を履いて普通に歩いてるんだ。元の身体だと、それこそこんなもん、履いたこともないのに)
マリコはそう思って、また部屋の中を歩いてみた。特に足をひねりそうになることもなく普通に歩ける。考えて見れば、昨日もこれでずっと過ごしていたのだ。それでも、靴に違和感を感じた覚えも危ないと思った覚えもなかった。
(これはもしかして、マリコの身体だからか? 元の「マリコ」がゲームの中で普通にやってたことは、今でもそのまま普通にできるってことなんだろうか?)
マリコは試しに前屈をやってみた。すると、ヒールの高さがあるにも関わらず、膝を伸ばしたまま、手のひらが楽々と床に着いた。
(おお。こんなの元の身体じゃ絶対無理だぞ。めちゃくちゃ身体が柔らかいな。じゃあ、これはどうだろう?)
今度は右足を少し上げると、以前テレビで見たポーズを思い出しながら、右手で足首をつかんでそのまま斜め上に上げていく。膝を伸ばしてさらに足を上げていったが、バランスを崩すこともなく、右足は斜めを通り越してまっすぐ上まで上がった。
(Y字バランスどころか、I字まで行っても平気なのか。すごいな。この身体は本当に「マリコ」がもとなんだな。確かに柔軟性やバランス感覚がないと剣術やら格闘やらまともにできないよな)
マリコは右足を抱えたまま、身体の能力にひとしきり感心した。足を下ろして机とベッドに目をやると、ホワイトブリムとリボンが残っている。
(あとはあれを着ければ、ひとまずできあがりか。あ、寝癖とか付いてないよな)
マリコは自分の頭を撫で回してみたが、肩口まである髪にひどい寝癖は無さそうだった。
(特に跳ねてはいないみたいだけど……、そうだ、サニアさんがあの籠に櫛とか入ってるって言ってたよな。とりあえず櫛だけでも入れておいた方が良さそうだな)
サニアが置いていった籠の中をのぞくと、櫛やブラシ、ハンカチなどと一緒に、文庫本ほどの大きさの銀色の板が入っていた。
(おっ、これは鏡か。金物なんだな。やっぱりガラスはないんだろうか。そういえば、自分の顔見るの初めてだな)
マリコはそう思いながら、鏡に自分の顔を映した。
紫の髪をした真理子が、鏡の中から紫の瞳でマリコを見返していた。
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