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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第五章 メイド(仮)さんの探検
319/502

315 探検隊、西へ 9

「さて次を……って、ああ、もう来てるんですか」


 身体を洗い終え、カリーネに言われた通り次の者に洗い場を譲るために声を掛けようとしたところで、マリコは脱衣所に入ってくる人の気配を感じ取った。洗い場と脱衣所との間を隔てる布をめくってみると、思った通りそこには桶を小脇に抱えたミランダの姿がある。


「なに、そろそろかと思ってやって来たところだ。マリコ殿が入浴にどのくらい時間を掛けるかは概ね把握しておる故な」


「ああ、そりゃそうですよね」


 宿ではほとんど毎日一緒に風呂に入っているのである。知らないはずもなかった。普段なら身体を洗うのに掛かる時間はミランダよりマリコの方が長い。カラスの行水とまでは言わないものの、さっさと身体を洗ったミランダが先に湯船に浸かっていることが多かった。


 ミランダは早速服を脱ぎ始め、マリコは布を手放してそれに背を向けると湯船に歩み寄ってその端をまたぐ。身体を沈めると、そこそこ減った湯はちょうど肩まで浸かれるくらいになっていた。


「ふうううぅ……」


 マリコは長々と息を吐き出した。まだ新しい湯船からは木の香りが強く感じられる。FRPや人造大理石とは違う少しザラついた木の感触に、マリコは昔祖母の家にあった風呂場を思い出した。ここと細かい所はいろいろと違うが、母屋とは別棟で木の湯船だったのである。


(確か外にガスの釜があったんですよね)


 今浸かっている湯船とは構造が違うが、やはり一部が金属製でその下にガスバーナーを押し込んで沸かすのである。小さい頃、そのバーナーにマッチで火を点けるのをやってみたくて仕方がなかったのだが、もちろんやらせてもらえなかった。


(結局、あれに火を点けたこと無いんですよね)


 元々風呂場の建物が古かったので小学生の時に取り壊され、その時に母屋の方を改修して浴室を作ったのだ。風呂釜も当時の最新式のバランス釜になり、マッチは要らなくなってしまったのである。


「失礼いたす」


「あっ、はい」


 暖簾(のれん)をくぐるように洗い場に入ってくるミランダの声にマリコはパチリと目を開いた。湯の中で思い出に(ひた)っているうちに半ば眠ってしまっていたようである。マリコは湯を汲んだ両手でバシャリと顔をこすって目を覚ました。


 ◇


「はい、掛けますよー」


 マリコは俯いたミランダの泡だらけの頭上で桶を傾ける。小さな滝が当たったところをミランダの手がガシガシとこすって泡を落とし、銀色に近付いた髪を露にしていく。マリコは狙いどころを変えながら万遍なく湯を掛けていった。


 あの後、洗い場に入ったミランダは後がつかえているからと手早く身体を洗い始めた。しかし、その洗い様はマリコから見ると手早くではなく手抜きであった。「急いだ方が良いであろう」、「湯船に垢が浮く事になりますよ」という不毛な口論の結果、マリコが洗うのを手伝っているのである。


 始めは湯船の中から手を伸ばしてあれこれやっていたのだが、結局マリコは湯船から出て、背中を流して頭を洗ってとやっている。


「くしゃん!」


「マリコ殿!?」


 ようやくミランダの髪をすすぎ終えたところで、マリコの口からくしゃみが飛び出した。素っ裸で掛け湯もせずにしばらくいろいろやっていたのだ。身体が冷えるのも当然である。「早く浸かられよ」というミランダの言葉に従って、マリコは自分の身体に付いた泡を流すと湯船の中に戻った。


「しまった。忘れてました……」


 しかし、マリコは湯に浸かり切ることができなかった。中で腰を下ろしたマリコの胸の半ば辺りまでしか湯が残っていない。途中で水を足しながら、というのをすっかり忘れていたのである。マリコはとりあえず桶で汲んだ湯を肩に掛けて温めながら、髪をかき上げて水を切っているミランダに顔を向けた。


「ミランダさん、水を足しますから(たきぎ)を入れてください」


「水?」


 ミランダは身体を起こすと湯船の中を覗き込んだ。さすがに状況は一目で分かる。すぐに立ち上がって焚口の方へ回り込んでいく。


「ああ、承知した、(たきぎ)だな。ただ、水を足すのは少々待っていただきたい」


「え?」


「今水を入れたら、ぬるくなってしまうではないか」


「それはそうですけど」


 マリコを止めたミランダは何本かの(たきぎ)を釜に入れる。幾分は火が残っているのでそのままでもいずれ燃え始めるが、ミランダは着火(ファイア)を使ってそれを早めた。火が回り始めるのを見届けたミランダはマリコの前に立つ。


「マリコ殿、少しばかり詰めていただきたい」


「詰めてって、まさか!?」


「私も少々寒くなってきた。幸い、この量なら私が入ってもあふれはすまい」


「無理ですって!」


「大の男二人ならさすがに入れぬだろうが、我らなら大丈夫だ」


「ちょっ、待っ」


 マリコの言葉に聞く耳を持たず、ミランダはヒョイと湯船の縁をまたぐ。マリコが半ば反射的に脚を動かしてできた隙間に足を下ろし、くるりとマリコに背中を向けるとそのままその場に座り込んでしまった。


「ふぅ……、温かい。ほら、入れたではないか」


「そ、それは、そうですけどっ!」


 湯船の内側は一辺がせいぜい八十センチというところである。女二人でも並んで入るのはまず不可能だろう。ミランダはマリコが湯船の角を背にして開いた脚の間に、膝を抱えるようにして入っているのだった。その背中はほとんどマリコの身体の前面にくっついている。


 幸い、ミランダが浸かったことで湯は肩が出る程度のところまで上がってきた。しかし、マリコは腕以外身動きが取れない。動こうとすれば、両脚でミランダを挟み込むかミランダの背中に胸を押し付けるかのどちらかになる。マリコは固まっているしかなかった。


 だが、その状態は長くは続かなかった。


「「あ、熱っ!?」」


 (たきぎ)に火が回り、湯船の底から熱せられた湯が上がってきたのである。二人は急いで手でかき回して熱を散らした。


「ひゃっ!? く、くすぐったい! ミ、ミランダさん、しっぽまで動かさないでください!」


「無理だ! 熱い!」


 ミランダの背中がほぼマリコの胸から腹に触れているので、ミランダのしっぽは横に逃がされていた。それが熱さを避けるためにくねくねと動き出したのである。当然しっぽはマリコにも触れることになる。それはマリコにしてみれば、身動きできない下腹部を毛皮で撫で回されているのに等しい。


「ああっ! ひぃ! ちょ、だめっ!」


「マ、マリコ殿、そこをつかんでは! んああっ!」


 二人の騒ぎは、(ウォーター)を使えば温度も下がって湯の量も増えるという、当初の計画と目的を思い出すまで続いた。

頂いた感想に妄そ……いえ、触発されまして、元々の予定から少々内容が変わりました(笑)。


誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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