313 探検隊、西へ 7
「「「「「じゃーんけーん……」」」」」
「「「「「ぽん!」」」」」
木々に囲まれた山腹の広場に、どこか場違いな掛け声がこだまする。
野豚のしょうが焼きをメインにサラダとスープ、炊きたてごはんかパン――これはさすがに里で買い込んできた物である――という、アドレーたちに言わせればとんでもない僥倖である夕食ができあがる頃には陽も大分傾いていた。
空こそまだ明るいものの、山の陰に当たるこの辺りでは黄昏時を越えて薄闇が広がりつつある。春も終わろうかという時期ではあったが、湿気を含んだ山の空気は急速にヒンヤリとし始めた。
とは言っても、マリコたちが居る野営地に限れば薄暗さや寒さとは無縁である。そこここに点された灯りが広場から闇を駆逐しており、かまどの他に暖を取るための焚き火も燃えていた。オレンジ色の炎は、身体だけでなくどこか心も温めてくれるようにマリコには思える。
「よし、勝った!」
「ま、負けた……。この私が……」
その焚き火を囲んで、心温まらないジャンケン勝負が繰り広げられていた。参加しているのは十人。負けた四人が先、次に負けた四人が後で食事中の見張りに立たねばならないのである。勝ち残った二人も無役にはならず、交代で風呂焚き係となる。マリコとミランダは鍋奉行、もとい給仕担当として勝負からは除外されていた。
「ちゃんと残しておいてくださいよ!」
「マリコさんが見張ってるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だって」
一番に負けたエゴンが一緒に負けたミカエラに慰められながら坂の下側――一行がやってきた方角――へと歩いて行く。普段との落差からかアドレー組の面々は今夜の食事に特にご執心のようである。
「人数が多いとこういうのも楽しいねえ」
「やはりあそこはグーを出すべきでしたか……」
勝ち負けにこだわっていない様子のトルステンとこだわっている様子のイゴールは坂の上へと向かった。偶然か必然か、風呂担当はそちらに熱心だったカリーネとサンドラである。
「「「「「いただきます!」」」」」
やがて食事が始まった。とりあえず八人分のしょうが焼きを仕上げたところでマリコとミランダもそれに加わる。作業台だけでなくカリーネたちが持っていた簡易テーブルや折り畳みイスも出され、探検行の途中としては珍しく全員が席に着いて食べていた。
「あれ?」
「どうなされた、マリコ殿?」
食べ始めたところで疑問の声を上げたマリコに、啜っていたスープの椀を口から離したミランダが反応する。マリコの視線を追うと、その先ではバルトとアドレーが何やら会話を交わしながら食べていた。しかし、マリコが見ているのは二人ではない。
「あれ、葡萄酒の壜ですよね?」
「ん? ああ、そのようだな」
どちらが出したものか、マリコの目はその陶製の壜に向けられていた。
「こういう時には飲まないものなのかと思ってましたよ」
「状況にもよるだろうが、身体を暖める程度なら問題無かろう。彼奴らとて、宿に戻った時のように潰れるほど飲みはせぬだろうしな」
「なるほど」
冒険者が酒盛りというのはファンタジー作品に描かれる定番である。ただしマリコの記憶にあるそれは大抵の場合、冒険を終えて宿に戻った時に行われるものだった。現実的に考えれば、常に警戒の必要がある野営地で酒盛りは無いだろうというのが――そんなシーンがある作品も無いではなかったが――マリコの感覚である。
実際、バルトたちは「飲んでいる」というほどの雰囲気ではない。食事時の飲み物として「嗜む程度」というやつである。それでもアルコールを口にしているのだから、当面さほどの危険は無さそうだということであろう。
「ビールを持ってくることも考えればよかったですかね」
途中で飲むということまで考慮しなかったため、今回マリコが持ってきたのは薬用と調理用にと準備したウイスキーだけである。
「マ、マリコ殿? ビールはその、壜ではなくて樽ではないか!」
「ええ。大きいのは難しいでしょうけど、小さいのをいくつか持ってくるなら……」
基本的に宿で出しているビールは中にマリコが入れるくらいの大樽に入っている。それに取り付けた開閉できる注ぎ口からジョッキに注いでいく。当然、中身が減ってくると若干気が抜けていくのだが、宿だと大抵はそうなる前に飲み尽くされるので問題ない。
しかし、その大樽を五人や十人で飲み尽くすとなるとさすがに何日掛かるか分からない。当然途中で気の抜けたビールになってしまうだろう。マリコとしてもそんな物は飲みたくない。そこで若干割高になるが小樽である。マリコが抱えられる程度の大きさのそれは、容量としては確か大樽の十分の一だった。それなら一日二日で空けてしまうことも可能だろう。
「……マリコ殿は本当に宿でできること全てを持ち歩くおつもりか」
ビール樽携帯計画をブツブツとつぶやくマリコを見ながらミランダは、そのうちマリコが洗濯機を買うと言い出すのではないかと思ったが、口に出すと実現してしまいそうな気がして考えるだけに留めた。
◇
「後はやっておくから、先にお風呂に入ってくるといいわ」
第一陣が食事を終えて見張りの交代に向かい、戻って来た四人の分を仕上げたところでマリコはカリーネにこう告げられた。湯船の持ち主が先に入ってくれないと入りづらいわよ、ということらしい。マリコとしては頷くしかなかった。
「洗い終わって湯船に浸かったら声を掛けてちょうだい。次のミランダを送り込むから」
湯船のサイズが一人用なのでさすがに二人同時には入れない。しかし、全員で十二人、その内マリコを含めて女五人では、一人ずつ順に入っていたら何時間掛かるか見当も付かない。だが、湯船に浸かれば洗い場が空く。そこへ次の者が入ればかなりの時間短縮になるだろう。カリーネが考え出したトコロテン方式である。
「さて、どんなお風呂になってるんでしょうね」
料理の方に掛かっていたマリコはカリーネに捕まったトルステンがどんな作業をしていたか見ていない。外からだけ見れば四角い岩の塊りのように見える風呂場に、マリコは近付いていった。
次回、久々(?)のお風呂回予定。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




