308 探検隊、西へ 2
「道らしい道って、ほんの少ししか無かったんですね」
「ナザールの里は最前線故、まだ外に人が住んでおらぬからな。最前線はどこもそんなものだと聞いたぞ」
草の生えていない小路が細い糸のように続く林の中を歩きながらぽつりと漏らしたマリコの言葉にミランダが律儀に応えた。舗装こそされていないが馬車でも通れそうな道があったのは、西門から見えていた林を抜けたところまでだったのである。そこから先は、道沿いの木を切って全体の幅こそある程度確保してあるものの、地面の大部分には草が生えてきていた。
「これでも普段アドレー君たちが歩いてるからちゃんと道だって分かるのよ?」
「巡回ルートから向こうはきっと森に帰ってると思う」
「あー、また鉈を振り回しながら歩く季節かあ」
順に、カリーネ、サンドラ、ミカエラである。五人は横並びになって話をしながら進んでいた。敢えてそうすることで生えかけた草を踏み、道が埋まってしまうのを遅らせるためである。春から夏に向かうこの時期、アドレーたちが巡回していなかったらミカエラが言ったように鉈で草を払いながら進まねばならなかっただろう。
マリコたち一行はアドレーたちが里に戻った道を遡って西二号洞窟まで行くことになっていた。一行が洞窟に着くまでに岩の魔物に出会わなかったとしたら、恐らくもう魔物はアドレーたちを追っていないということになる。その上で魔物が洞窟内にいなかった場合が問題で、その時は可能ならそれを追跡、探し出して退治するということになっている。
もしそうなったら大事だが、多分そんなことはないだろうというのがタリアの予測だった。実際に観察された例では、洞窟を出た魔物は獲物に追いつけないと結局は洞窟へ戻っていくらしい。
そしてその西二号洞窟は、今マリコたちが歩いているナザールの里から隣の街へと続く道をしばらく進み、そこから少し脇に入ったところにある。道と言うと聞こえはいいが、マリコが目にした通り、ある程度整備されて道らしくなっているのは里と隣街それぞれを出てほんの少しの間だけだった。それ以外は獣道のようなもので、実際にそこを通る者は滅多にいない。普通ならこの間を移動するのには転移門を使うからである。
ここを自分の足で踏破しようとするのは、ナザールとタリアの足跡を追ってみようという門の探検者志望の探検者くらいだった。未踏破の地域に踏み込むのと違って進んだ先に里があるのが確実であり、途中にある道しるべとなる目印も記録されているので、遭難の危険を避けながら未開地を進むのと近い経験を積むことができる。
言ってみれば、上級者用の訓練コースのようなものである。そういう意味ではこの道を歩いてくるのはある程度以上腕に覚えのある者に限られており、万が一魔物と遭遇しても対処できる可能性は高い。だからこそ探し出すことが「可能なら」とされているのだった。
◇
天気にも恵まれ、順調に進んだ一行は太陽が中天に差し掛かったところで昼食を兼ねた休憩を取ることになった。場所は林と林の間のやや拓けたところで、特に念入りに草が掃われてちょっとした広場になっている。
「我々が普段休憩に使っているところなんです」
カリーネたちが出した折り畳みのテーブルやイスにちょっと感動しながら、イゴールが教えてくれた。男所帯のアドレー組は――アイテムボックスの容量という問題もあるが――ここまでまともなテーブルまでは持ち歩いていないらしい。
「それにしても、案外何も出てこないものなんですね」
里から持って来た弁当を口にしながらマリコが聞いた。ここまで、鳥の声などはするものの、動物の姿を全く見かけなかったのである。フィールドを歩けば定期的に何かとエンカウントするのではと構えていたマリコとしては少々拍子抜けした気分だった。
「そりゃあ、この人数であれだけ賑やかだったら出てこないだろう」
同じ弁当を手にして隣に座ったバルトが少し呆れたように言う。ここまでの道中、マリコかミランダの疑問にカリーネたちが答えるというパターンがほとんどだったものの、後ろから聞こえてくる声が途切れることはほとんどなかったのである。十二人という大所帯でもあり、野生の動物は危険と判断して余程の理由が無ければ近付かないだろう。
「そうですね。普段我々五人だけの時でも、あちらから向かってくるのは腹を空かせた茶色オオカミの群れくらいですから」
イゴールがバルトの言葉を補足する。この辺りで見かけるのは茶色オオカミの他にはウサギやキツネにイノシシ、稀に熊だそうである。熊も冬眠明けの時期には襲ってくることもあるらしいが、今のところ出くわしたことはないという。
(熊避けに鈴を鳴らしたり歌を歌ったりって聞きますしね)
なるほどねと納得しながら食事を終えたマリコは、見張りをしているミランダと交代すべく立ち上がる。恐らく安全だろうとは言っても全く警戒しないわけではない。昼食も半数ずつである。ミランダが先に見張りに立つと言ったので、当然のようにアドレーもついて行った。副官ポジションのイゴールが先に食べていた理由でもある。
「マリコ殿、ウサギだ。ウサギがいたぞ。茶色い、このくらいのやつだ」
やってきたマリコにミランダが手振りを交えて言う。一緒にいたアドレーに「あそこにウサギがいる」と教えてもらったのだそうだ。剣の腕はともかく野外活動ではアドレーに一日の長があるようで、少し得意そうなアドレーと珍しくはしゃいだ様子のミランダにマリコは少しほっこりした。
見張りと言ってもそれほど高度なことをしているわけではない。テーブルを中心に等間隔に分かれた三組のペアがそれぞれの方向を警戒しているだけである。ミランダにアドレーであったように、マリコにはバルトがついてくる。探検初心者にそれぞれの組のリーダーを付けているという意味では理に適っており、マリコも特に文句を言うつもりはない。
「ミランダさんが言っていたウサギはあれかな?」
配置について程なく、バルトが前の林を指差した。マリコがそちらに目を向けると、五十メートル程先の林のはずれの木の根元の草むらに茶色い生き物が動いているのが見えた。耳が長いところを見るとどうやら本当にウサギである。
「よくあんなの見つけましたね」
マリコが素直に感心すると、バルトは照れたように鼻の頭を掻いた。マリコにとって野生のウサギを見るのは初めてである。ヒョコヒョコと動いては草を食んでいるのが可愛らしい。
「気配、かな。後は慣れ」
「気配……」
そう言われてマリコは、普段抑え気味にしている能力のことを思い出した。試しにそちらに意識を向けてみる。すると確かに小動物の気配を感じ取ることができた。
「これがウサギ……」
ついでに感度を上げてみると、さらにいくつかの気配を感じた。直接姿は見えないが、林の中にウサギと同じ様なものがいくつかとそれより幾分大きめの身体の気配がある。
「ウサギと、これはキツネか何かでしょうか」
それ以上に大きな気配は今のところ感じない。マリコは動物の気配の感じ方をバルトに確かめながら見張りを続けた。
しばらくするとミランダたちも食事を終え、一行は再び歩き始めた。小一時間進んだところでアドレーが振り返る。
「ここから洞窟に向かう脇道に入ります。道が悪くなりますから、お気を付けくださいますよう」
正面に続く道から横に、山側へと続く細道があった。案内がいないと見落としてしまいそうな、正に獣道というべき道である。わずかに草が掻き分けられたそこは、マリコが見た限り大きなモノが通ったとはとても思えなかった。
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