306 指導と手合せ 3
(やっぱりこの人は両手剣とセットなんですよねえ)
運動場の一角で、今から手合せをするバルトと背を向け合ってそれぞれ足を踏み出しながらマリコは思った。その左手に握られているのはいつもの木刀ではない。つい今しがた、そのバルトから手渡された物である。
――もし良ければ、これを受け取ってくれないだろうか
そう言って花束のように両手で捧げ持ったそれを差し出してくるバルトの顔はかすかに赤らんでおり、マリコもつられたように頬に熱を感じながら受け取った。二人の表情と身体の動きだけを見れば本当に花束を贈る男と贈られる女に見えなくもなかったが、渡されたのはそんな色っぽい物ではない。
幅はそこまで広くないが長さはマリコが持っているクレイモアとほぼ同じ。一本の木から削り出して磨いた反りの無い真っ直ぐな長い木刀。木でできた両手剣――木剣とでも呼ぶべきか――である。
せっかく練習や手合せをするのなら実戦で使う物に近い方がいいだろう、ということで道具屋に注文してあったのだと言う。言われてみればその通りで、気が付いていれば自分で頼んでいただろうとマリコにも思える。
お代はと問うたマリコに、バルトはいろいろと貸してもらっている物のお礼代わりだからと答えた。注文品とは言っても木剣なので、元よりそこまで高価な物でもない。マリコは素直に受け取ることにした。
ある程度距離を取ったところでマリコは振り返る。同じ様に向こう側で振り返ったバルトは、途中でアイテムボックスから出したと思しき得物を手にしていた。マリコと同じく、今は左手に提げている。
「お揃いだ」
「お揃いね」
結構な数になった見学者の中からポツポツと声が上がる。バルトの手にあるのはマリコが受け取った物とそっくりな木剣だった。バルトも以前は木刀を使っていたはずなので、恐らくマリコの物を注文する時に一緒に頼んだのだろう。
マリコがバルトに譲った大剣と手元に残したクレイモアは、刀身の幅や重さこそ違うが長さはほぼ同じである。その練習用に作ったのならそっくりになるのも当然ではあった。刀身の幅まで正確に再現しようとすると、柄との段差部分がどうしても折れやすくなる。
(お揃いって……、うむぅ)
バルトにそういう意図があったかどうかは分からないが、そう言われてしまうと気恥ずかしい。それと同時にわずかに嬉しいような気もしてマリコとしては複雑である。
「用意はいいかい?」
例によって審判役を引き受けたタリアの声にマリコは余計な考えを振り払った。バルトと礼を交わして木剣を握る。
「構え! ……始め!」
「やあっ!」
「やあっ!」
前の時と同じく、バルトは中段の構えから開始の合図と共に地を蹴った。しかし、今回は突きではなく、木剣は大きく振りかぶられる。対するマリコも受けには回らず、バルトに合わせるように振りかぶって足を踏み出した。二人の間合いは一瞬でゼロになり、互いに振り下ろした木剣同士がドンッと重い音を立ててぶつかる。
「「ぐっ!」」
壁に当たったボールが跳ね返されるように、二人の身体が離れる。実際には二人とも跳ね上げられる腕に合わせて飛び下がったのだが、周囲からはお互いを弾き飛ばしたようにしか見えなかった。
離れた勢いのままにさらに数歩下がった位置で止まったマリコは、木剣を握り直しながらバルトを見つめた。木剣がぶつかり合った衝撃で手が痺れかかっている。
(この力は一体!?)
前回の手合せの際、マリコとバルトの間には技量はともかく基本的な身体能力にそれなりの差があるとマリコは判断した。もしその通りなら今の激突では、バルトの方が勢いが付いていた――速度が上だった――ことを除いても、マリコが弾き返して終わるはずだったのである。だが、実際に起きたのはほぼ互角の弾き合い。これを素直に受け取ると、二人の能力差は縮まっているということになる。
マリコの驚きをよそに、再びバルトが動き始めた。今度は飛び出すのではなく、足を細かく使ってスルスルと近付いてくる。そこから打ち合いが始まった。
面打ち、胴払い、小手打ち、突き。時折足狙いの攻撃が混ざるものの、概ね剣道の試合のような展開が続く。剣技のみで挑むつもりなのか、今日のバルトは拳や蹴りを出してこない。バルトが攻め続け、マリコがそれを受け取め続ける。マリコの防御を崩し切るには至らないものの、一方的に崩されることもない。バルトは明らかに強くなっていた。
(いつの間に!? 一カ月も経ってないじゃないですか!)
今それを考えても仕方がないとは思いながらも、疑問はそこに行き着く。マリコ自身のステータス的な意味での強さは前回とほとんど変わっていない。しかし、野豚狩りやミランダたちとの鍛錬によって、実際に身体を使って戦うことにかなり慣れたはずである。それにも係わらず、差が縮まって感じるほどとはどういうことか。
「はあっ!」
手合せの最中の考え事はやはり大きな隙を作ったらしい。マリコが気付いた時には、掛け声と共に目の前に突きが迫っていた。
「くっ!」
マリコはほとんど無意識に木剣の柄から左手を離すと、右腕だけでそれを右へと振った。もちろん、その先には何も無い。しかし、その右手がカウンターウェイトとなって、身体がわずかに左に流れる。バルトの木剣の切っ先が襟の右側を掠めた。それを首で感じ取りながら、マリコは今振った右腕を引き戻す。先ほどとは逆に身体がほんの少し右に動き、木剣の腹がマリコの首に押された。
剣先をそらされた刀身の下に、マリコの木剣が戻って来る。再び柄を握った左手と共に、それはバルトの木剣をかち上げた。
◇
「ううん、まだまだ足りなかったか」
敗れたバルトはマリコに話を聞いてぽつりとそう言った。攻撃を全て受け止められた上に、ただ一度の反撃でガラ空きにされた胴に喰らって終わり。強くなってて驚いたと言われても、バルトにしてみれば完敗である。今の段階で勝てるとは思っていなかったが、勝てないまでももう少し食い下がりたかったのだという。
「足りなかった……」
マリコはそうバルトの言葉を繰り返しながら、何がとは聞かなかった。バルトに「足りない」と言わせるもの。そして恐らく、今のマリコには経験がないもの。それはきっと一つしかない。
(探検……)
今日のうちにはマリコが経験し始めるはずのものである。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




