031 寝起き 4
マリコはメイドさん好きである。メイド服も好きである。エプロンは必須だと思っている。
ただしそれは、フィクションに登場するメイドさんや、キャラクターとしての「マリコ」がメイド服姿で動いているのを、見るのが好きだったのであって、決して自分自身がメイド服を着たいと思っていたわけではなかった。
「……今はこれを着てても通報されない身体だってことを、不幸中の幸いだと思っておくことにしよう。他に着る物もないし、うっかり嫌だとか言って、サニアさんあたりにミニスカートとか持ってこられたら目も当てられない。はあ」
並んだそれらをしばらくにらんだマリコは独りごちると、腕組みを解いてまたため息をついた。
昨日、マリコがスカート姿でもさほど気にせずにいられたのは、気が付いた時には既に着ていた――自分の意思で着たわけではない――というのもあるが、マリコのメイド服が足首まであるロングスカートだったことも大きい。着物か袴を着けているつもりでいれば意外に平気だったのである。ミニスカートをはかされても平静でいられる自信は今のマリコにはなかった。
(ぼやいてないでさっさと着替えるとしよう)
マリコは腰に巻かれた兵児帯の、蝶結びにされた結び目の先をしゅるりと引いた。解けた帯の端が落ちて足元にとぐろを巻き、内側から押された浴衣の合わせが勝手に開いた。自分の身体を見下ろしてみると、両胸の頂きに浴衣の襟が引っかかってできた合わせ目の隙間から、お腹から足までがわずかに覗いている。
(この格好って、傍から見たらきっとエロチックなんだろうけど、自分の身体だと思うと案外何とも思わないもんだな。まあ、着替える度にいちいち自分の身体に興奮しても困るんだけど)
帯を適当に束ねてベッドの上に置くと、浴衣も肩から落として簡単に畳んでベッドに置いた。押さえる物が無くなったことで、身体を動かす度に揺れて自らの存在を主張してくる胸は極力気にしないことにする。そのまま、机の上からブラジャーを摘み上げた。マリコの記憶にある日本の物と比べると、フリルやレースといった飾りの少ないシンプルな物ではあるが、基本的な形は同じに見えた。
(ストラップのアジャスターや背中のホックはこれ、プラやステンレスじゃなくて真鍮か何かみたいだな。この世界に合わせてあるんだろうか。サニアさんがおかしいとも珍しいとも言ってなかったんだから、これやガーターベルトはきっとこっちにも同じような物があるんだろう。ええと、ブラジャーは前かがみで着けるんだったか)
マリコは、かつてそれを装着できるようになったばかりの姪達が得意気に語った「正しいブラの着け方」を思い出しながらブラジャーを身に着けた。肩紐を掛けて前かがみのまま背中のホックを留めた後、左右それぞれのカップの中に反対側の手を突っ込み、胸をつかんで――柔らかいとか指が沈むとかは気にせず――収まりのいい位置まで引き上げる。
手順を思い出しつつ実行していると、初めこそ「寄せて上げる」だの「豊胸体操」だのとやっていた二人が、いざ彼女達の母や叔母に追いついてしまうと今度は「重い」とか「肩がこる」とか身勝手なことを言い出したのをマリコは一緒に思い出した。
(あいつら、私を空気か何かだと思ってた節があるからな。しかしまあ、本当に何の知識がどこで役にたつか分からないもんだ。よし、これでいいのか? おお、胸の安定感が全然違うな)
腕を動かしたり腰をひねったりして収まり具合を確かめた後、マリコはガーターベルトを腰に巻いた。これも後ろにホックがあるのはブラジャーと同じである。パンツの下にストラップを通しておいてから、太股まであるストッキングを履いて留め具で吊る。留め具はサスペンダーの先に付いているような金属製の小さなクリップだった。
(多分、こっちにはプラスチックが無いんだろうな。化学工業とか発達してる感じじゃないしな)
シュミーズは頭からかぶるだけなので特に問題はなかった。マリコの感覚だと裾の長いタンクトップを着る感じだった。
次にやっとメイド服の番だが、実のところ先ほど手に取ってみるまで、マリコは自分のメイド服の構造がよく分かっていなかった。ゲームではマウス操作で常にエプロンとセットで着脱されるものだったため、どこが開くかといったことを気にする必要がなかったのである。
マリコのメイド服はワイシャツのそれのような形の襟と袖口だけが白で、他は黒一色の物だった。首から腰まで正面が開く作りになっており、小さめのボタンが合わせに沿って並んでいる。マリコはその開いたところに足を入れて服を引き上げ、袖を通してボタンを下から留めていった。
最後に襟元のボタンを留めようとした時、マリコの指が首に巻かれている物に触れた。今初めて気が付いたそれは、薄い革のような手触りでマリコの指より少し広いくらいの幅があった。
(ん、これは何だ、首輪? いや、これだとチョーカーになるのか? こんな装備着けてたっけ?)
それはマリコがゲームの中で持っていた覚えのない物だった。周りをぐるりと触ってみると、正面に丸くてすべすべした石のようなものが付いているだけで、留め具も継ぎ目も無く、首にピタリと密着していた。首との間に指を入れてみると一応は入るものの、そこ以外がぴったり貼りついているようで、ずれも回りもしなかった。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




