304 指導と手合せ 1
「あっ! マリコ様が来られたぞ!」
「おはようございます、皆さ……んんっ!?」
「マリコ様!」
「マリコ様!」
「マリコ様!」
「マリコ様!」
「マリコ様!」
翌朝、マリコがミランダと一緒に運動場へ姿を見せると、先に来ていたらしいアドレーたちが怒涛の勢いで駆け寄って来た。あっという間に五人に取り囲まれる。
「実は!」
「昨夜!」
「夢に!」
「女神様が!」
「現れて!」
「ちょっ、待っ……」
「落ち着かぬか、貴殿ら!」
口々に言いながら迫ってくる猫耳五人組にマリコが少々気圧されていると、隣からミランダの一喝が飛んだ。さすがに一瞬騒動が止まる。
「あ、姫様。おはようございます」
「「「「おはようございます!」」」」
「あ、ああ……。おはよう、アドレー」
「「「「「……」」」」」
「な、何だ。どうした、貴殿ら」
挨拶は交わしたものの、そのまままじまじと見つめられて、今度はミランダが居心地悪そうに一歩下がる。
「やはり似ておられる」
「ええ、そっくりですね」
「ん? 私は女が……みゃっ!」
「ええと! 何の話でしょう?」
アドレーとイゴールが頷き合うのに反応しかかったミランダの脇腹に突きを入れて止めると、マリコは話に割って入った。もちろん何の話なのかは知っているが、今の段階で分かっていてはおかしいのである。
「あー、失礼致しました。マリコ様。実はですね……」
脇腹を押えてしゃがみ込んだミランダを気遣わしげに見ながらも、ようやく落ち着きを取り戻したアドレーは「夢のお告げ」について話し始めた。早々に起き出した五人は当然仲間たちに昨夜見た夢の話をし、それを見たのが自分だけでないと分かって本当に夢ではないと確信したそうである。
「……で、その風と月の女神様のお顔が、姫様と瓜二つでして」
「ああ、確かに似ていますね。でも顔以外、背丈や耳なんかは違っていませんでしたか?」
「え!? どうして……あ、そうでしたね。マリコ様は……」
アドレーは一瞬驚いたものの、マリコが「風と月の女神に出会ったことのある人物」であることを思い出した。女神とミランダの顔が似ていることについても、騒ぎになりそうだったから表立っては言っていないとマリコに説明されて納得せざるを得なかった。現に今、自分たちも騒いでいたのである。
「それでその『夢のお告げ』の話の続きですが」
「ああ、女神様はマリコ様に教えを請えと……」
脱線しかかった話の流れが元に戻り、アドレーは女神に告げられた事を伝えていく。時折他のメンバーからの補足を交えながらの話を聞き終えたマリコはひとつ頷くと口を開く。
「分かりました。それではまず……」
マリコは違った武器の修練をすることの有用性を説いていった。実際には斧や槍といったスキルのレベルアップに伴うステータス上昇が狙いなのだが、スキルレベルだのステータスだのという話をするわけにもいかない。武器によって鍛えられる筋肉が違うとか、それによって視野を広げるとか、説明にはかなり苦労するハメになった。
◇
「貴殿ら、分かったような分からなかったような顔だな」
「姫様。いえ、そんなことは」
一通り説明を聞いた後、釈然としない顔をしていたアドレーたちに横からミランダが声を掛けた。女神からのお告げであるからには信じたいところだが、本当に効果があるのかどうか分からない、というのがアドレーたちの今の本音である。
(まあ、そうでしょうねえ)
話をしたマリコでもそう思う。メニュー画面を見れば能力を数値で確認できると知らなければ納得しづらいのは当然だろう。
「ふむ、ならば実例を見せてやろう」
マリコが考えている隣でミランダは事も無げに言うと、いつの間にか取り出していた木刀を示して見せた。
「姫様と手合せですか。それは望むところですが、それで何が分かるのですか」
「実例と言ったであろう? 私はここしばらく、マリコ殿の言葉に従って鍛錬してきたのだ。斧や槍も少しは使えるようになった」
「姫様が斧、ですか!?」
ミランダが剣にこだわっていたのはアドレーたちもよく知っていた。それだけに、そのミランダが斧の稽古をしたというのが信じられない。
「疑うのなら里の者たちに聞いてみるがいい。まあ、そちらはともかくだ。その結果、私の剣の腕がどうなったか、知りたくはないか?」
「それは、もちろん」
そう言うと、アドレーも練習用の木刀を取り出した。アドレーの目標はミランダを超えることである。その相手が今どのくらいの腕であるのか、確認できる機会を見逃す気はなかった。
「いざ!」
「参ります!」
距離を取って構え合った二人が声を上げ、手合わせが始まった。挑む立場のアドレーは地を蹴って突っ込んでいく。待ち受けるミランダは正眼に構えたまま動かない。アドレーは勢いのまま面に向けて打ち込んだ。
瞬時に横に構え直されたミランダの木刀が、ガツンと音を立ててそれを正面から受け止める。木刀を握る手がじんと痺れ、アドレーは弾き返されるように後ろへ跳んだ。
「なっ!?」
元より鍛えた時間の差がある分、筋力はミランダの方が上である。だからこそ腕相撲では勝てない。しかし、突進時の威力なら体格や体重の差もあってアドレーも負けてはいない。否、負けてはいないはずだった。故に、これまでならミランダはアドレーの突進に対して、かわすあるいは木刀の側面を叩いていなすのが常だったはずである。
しかし、ミランダは今、それを真っ向から受けて見せた。それは、体格差を覆せるに足る分だけ、ミランダの力が増していることを意味する。一度だけでは信じられず、アドレーは再度同じ攻撃を仕掛けた。そして同じように止められる。さらに何度かそれを繰り返した。
「はあっ、はあっ」
「どうだ、アドレー。これがマリコ殿の教えによって得たものだ!」
全力に近い打ち込みを続けて息の上がるアドレーにミランダは言う。アドレーの見たところ、ミランダの剣の腕自体はさして変わっていない。ならば変わったのは何か。探検者としての活動で縮まりかけていたはずの差をまた広げられたのだとアドレーは悟った。
「はあっ、私も、それを!」
アドレーはようやくその気になった。
――スキルポイントというのは、言ってみれば才能のリソースじゃ
――条件を満たし、本人がそれを得ることを望み、その時に必要なリソースあればスキルを取得できる
二人の手合せを見守るマリコの脳裏に、女神の言葉が再生される。本人がその気にならないとスキルは取れないし、上がらないのだ。それはメニューの操作に比べるとひどく迂遠であるようにも思える。
(これはいっそ、アドレーさんたちのメニューを直接いじれるようにしてもらった方がよかったのかも知れませんね)
戦闘に関するスキルはこれでなんとかなるだろう。しかし、それ以外のいわゆる生活系のスキルについては、五人それぞれの現状と本人の意思を考慮しながら進めていかなければならない。マリコの悩み事が微妙に増えた。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




