303 就寝前のひと時
オベドの部屋での第五回公演を終える頃には、既に日付が変わってしまっていた。ナザールの里は全体的に農村基準で回っているため、朝が早い分夜も早い。もう十分以上に深夜である。女神役を演じ続けたミランダは身体よりもむしろ精神的に疲れたようで、オベドの部屋を出たところで張り詰めていた緊張の糸が切れたらしく、途端に足元が覚束なくなった。
そんなミランダを抱きかかえるように――不可視が途切れないように注意しつつ――支えて部屋まで送った。そのままふにふにとベッドに潜り込もうとするミランダを捕まえる。寝巻きに着替えさせ、姿も元に戻させなければならない。うっかりこのまま朝になって、女神の姿を誰かに見られたら大事である。
(こうなると色気もへったくれもありませんね。……っと)
半ば寝落ちしかかった女神の姿のミランダから女神の服を剥ぎ取ると、最早見慣れた――風呂場で、である――スレンダーな裸体より更に細い身体が現れる。見た目の年齢的には女神の方がミランダより若く、胸の盛り上がりもささやかどころか微かだった。ほとんど無いと言っても過言ではない。
(ミランダさんが半月なら、こっちは新月ですかね)
月の女神ということでそんな失礼な例えを思い浮かべながら、マリコはミランダのメニューを呼び出して操作した。マリコが見守る中、ベッドに横たわった女神の背が伸びて猫耳としっぽが少し縮み、毛並みの色も含めて元のミランダへと戻っていく。新月も半月へと月齢が進んだ。
半分眠っているミランダの上体を起こさせ、何とか寝巻きを着させたマリコはその身体に上掛けを掛けて立ち上がる。
「おやすみなさい、ミランダさん」
「おやすみ……、マリコど……の」
それでも律儀に返事をするミランダの声を背に、マリコはミランダの部屋を後にした。
◇
(明日の朝はアドレーさんたちのスキルを取ったり上げたりできるように誘導して朝ごはんの準備、その後出発ですか。ああ、バルトさんたちとの手合せもあるんでした。そっちはその場で何とかなるはずですから、ええと、洞窟に行くのに持っていく物は……)
自分の部屋に戻ったマリコは寝巻きに着替えた後、いつの間にかやることだらけになった翌日の予定を確認していく。考えてみると、マリコが泊り掛けでナザールの里を離れるのは初めてのことなのである。元々旅行やキャンプが趣味というわけでもなかったので、抜けているものがないかがパッとは分からず、確かめないと何となく不安だった。
とは言え、マリコの持ち物のほとんどはアイテムストレージかアイテムボックスに入っている。確認作業はメニューウィンドウを広げてという、誠にゲーム的な光景になった。
(着替え、装備類、ポーション類、食料品、調理道具、寝具、お金……は使う先がないでしょうけど)
里を出発した後、予定ではアドレーたちが戻って来たルートを逆行し、西二号洞窟まで行くことになっている。そこまでに丸一日掛かるといい、しかも途中からはほとんど獣道らしい。
(一日歩き通しですか)
今のマリコの身体であればそのくらいどうということはないはずである。アイテムボックスのおかげで大荷物を背負うこともないし、ミランダやバルトたちも一緒なので退屈することもないだろう。しかし、一日歩くと考えると何となくうんざりしてくる。
(あ)
何か楽になる方法は、と考えていたマリコは、ふとあることを思い出してアイテムストレージウィンドウを操作した。そのウィンドウの二ページ目。ゲームには無かったそこに「召喚獣」の項目があった。
かつてのゲームにおいては、召喚獣のタグはスキルなどと一緒にメニューに並んでおり、課金アイテム扱いだった召喚獣を入手しさえすれば誰にでも使える機能だった。基本的には騎乗用であり、生き物であるために独自の戦闘力も持っているのが召喚獣である。また、騎乗用の鞍を着けるからという理由で、容量は小さいながらもアイテムストレージが付属していた。
こちらで初めて女神と会ってメニューが使えるようになった後、マリコはその召喚獣タグが消えていることに気が付いた。基本的にゲームのものにそっくりのメニューだが、この世界に無いものは消えていたりグレー表示になっていたりする。そのため、始めマリコは召喚獣というシステムは無いのだと思っていた。
しかし、その後スキル欄を細かく見ている時に、ゲームには無かった「召喚術」というスキルが増えているのを発見した。その説明欄に赤字で召喚獣の項目の説明があったのである。ただし、説明欄に書かれていた事を読んだ限り、召喚術で呼び出される生き物と召喚獣は別物のようだった。
特定の種類の生き物を呼び出して一時的に使役するのがスキルとしての召喚術であり、スキルレベルが上がると呼べる生き物の種類などが増えていく。対して召喚獣は特定の個体である。召喚獣はアイテムストレージと同様に、この世界では少々特殊な存在であるらしかった。
今のところ、マリコはまだ召喚獣を呼び出した事がない。目立つからというのもあるが他にも理由があった。それがこの召喚獣の項目である。ゲームの時の召喚獣欄には、アイコン化された召喚獣が並んで表示されていた。しかし、今の召喚獣欄にはリアルな姿が背景ごと表示されている。しかもそれが動いていたのである。例えばマリコの召喚獣の一頭である馬のヤシマは、そこで草を食んだり走ったりしていた。時折、背景内に他の馬が見えたりするので、群れの中にいるのかもしれない。
つまり、召喚獣は現在、この世界のどこかで生きているということらしい。そういう意味では召喚術も同じなのだろうが、そうした召喚獣の「普段の生活」を垣間見てしまうと、マリコはどうにも呼び出しにくくなった。呼ばねばならない状況にならなかったということもあり、まだ呼び出した事がないのである。
そして、マリコの召喚獣は一頭だけではなかった。地上での行動をサポートしてくれる馬のヤシマと対になる存在としてもう一頭、空路のシウンがいる。ただし、シウンの欄はグレー表示になっていて、どうやら今は呼び出すことができないらしい。表示枠の中で動いているシウンが見られるだけだった。
封印は女神による措置であろうが、マリコとしてもそれは順当なものとも思えた。何故なら、人が空を飛ぶという話を聞いた事がないのである。もし、召喚術なり召喚獣なりで空を飛べるなら、探検者を始めとしたこの世界の人たちの行動は全く違ったものになるだろう。
転移門で表示された世界地図は、未だに全てが描かれてはいなかった。人が飛べるなら、描かれていない範囲は今よりずっと早く狭くなっていくだろう。しかし、きっと女神はそれを望んでいない。ノコノコと動くグレー表示のシウンを見て、マリコはそう思った。そしてもう一つ、未だ聞いた事のない事実を確信している。
(この世界のどこかには龍がいるんですよね)
シウンは四本の足と二枚の翼を持つ、白銀の鱗の美しい騎龍であった。
どこかで書かねばと思いながら延び延びになっていた召喚獣の話をようやく入れられました。
注目すべきは、新月か、騎龍か(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




