296 変わり行くもの 6
「バルトさん?」
マリコは改めてバルトの身体に素早く視線を走らせる。しかし、身に着けた装備こそ傷付いているが、怪我が残っているようには見えなかった。カリーネは怪我は治癒で治したと言っていたし、実際バルトにも身体のどこかをかばっている様子はない。
(それでも私が要るということは、何か状態異常でしょうか)
重篤な異常でないのなら見た目では――それこそステータス欄でも見ないと――分からないだろう。バルトの組に治癒の使い手は三人居るが、誰かが状態回復が使えると聞いた覚えはマリコには無い。
(それとも……)
マリコがバルトの顔に視線を戻すとバルトは一旦それを受け止めたものの、ついっと明後日の方に目を泳がせた。明らかに何かを隠している様子のバルトに、マリコの眉間に縦じわが刻まれ、その目がスッと半眼に細められる。そのまま見つめられること十数秒、額に冷や汗の浮かび始めたバルトが折れた。
「分かった。話す。話すから、そんな目で見るのは勘弁してくれ」
降参と言うように、手袋をはめたままの両手を肩の高さまで上げる。何となくその手を目で追ったマリコは違和感を覚えた。
(革の手袋?)
バルトに限らず、剣などの近接武器を振るう者は革手袋を使っている場合が多い。滑り止め兼拳を守る防具なので当然と言えば当然である。しかし、真冬ならまだしも暖かい今の時期に、宿に戻ってまで手袋をはめたままでいることは少ない。いくら戻ってすぐに報告の席に着いたといってもそれを脱ぐ間が無かったわけでもない。
「ええと、実はですね……」
マリコの疑問を知ってか知らずか、何故か敬語になりながらバルトは上げた手を下ろすと手袋をそっと脱いだ。
「ああっ!?」
現れたバルトの手を見たマリコは、思わず声を上げてその手をつかんだ。指が一本だけ明らかに短い。治癒のおかげで傷は治っているが、中指が半ば失われていた。その有り様はマリコに否応無く、先日のボスオオカミとの戦いを思い出させる。バルトは拳の半分を指ごと食い千切られ、それでもなお剣を振るっていたのだ。
「マ、マリコ、さん?」
自分の手を抱え込んで俯いたまま動かなくなったマリコに、バルトは恐る恐る声を掛けた。自由な方の手が、行き先を見失ったようにマリコの頭や肩に近づいては離れを繰り返す。それがようやく着地しようとしたところでマリコがキッと顔を上げ、バルトは弾かれたようにその手をマリコの身体から遠ざけた。
「どうして黙っていたんですか!?」
「え? あ、いや、本当なら近いう……がはっ!」
答えを言い切る前に打ち込まれた肝臓裏への一撃に、バルトは息を詰まらせた。振り返ると、カリーネの目が笑っていない笑顔と出会う。その顔には明らかに「先に言わなきゃならないセリフがあるだろうが。あぁ?」と書いてある。バルトは急いで前へと向き直った。
「黙っていて悪かっ……!?」
マリコの顔を見たバルトの声が止まる。
「いや、ごめん、心配させて本当に悪かった。話が終わってから頼むつもりだったんだ。本当だ。隠したままでいるつもりなんかなかったんだ。だから、だから泣かないでくれ」
「え?」
焦ってまくし立てるバルトに今度はマリコが驚いた。
「私は別に泣いてなんか」
そう言い返しながら頬に手をやってみると、そこには確かに濡れている。どうやらマリコは怒った顔をしながら涙を流していたらしい。自分では気付かなかったが、指摘されてしまうとひどく恥ずかしい。しかし、腹が立っているのも事実なのだ。マリコは涙の跡を拭うともう一度バルトをキッとにらんだ。にらまれたバルトはうっと怯む。
「バルトさん」
「あ、はい」
「アドレーさんたちと行くんですよね? 西の洞窟へ」
これは質問というより確認である。具体的な詳細はともかく、先ほどまでのタリアと話でそうなったということは、マリコも聞き知っている。
「そういう予定になって、います。一応」
「付いて行きますから」
「え?」
「それに付いて行く、と言ったんです」
「え、あ、いや、それは」
想定外のマリコの言葉に、バルトは助けを求めるように周りを見渡した。食堂の中で、しかもバルト組の報告の直後に始まった話である。人の数こそ多いものの大半は里の者と工事関係者で、彼らは基本的には温かく見守るつもりらしく何も言わなかった。
「マリコさんが一緒に来てくれるなら嬉しいね。ね、カーさん」
「そうね、トーさん」
トルステンとカリーネは乗り気らしく、ミカエラとサンドラも同じのようでトルステンたちの隣で黙って頷いていた。
「いや、お前ら……。野豚狩りじゃないんだぞ。アドレーの話だと行くだけで一日以上だ。そんなところへ……、タリアさん、いいんですか!?」
一時的であっても、マリコが抜けて一番困るのは宿のはずである。マリコの同行に反対らしいバルトは最後にその宿の主であるタリアへ話を振った。タリアは例の面白そうな物を見る顔をして片方の眉を上げる。
「いいんじゃないかい? 何事も経験さね。宿の方も影響がないとは言わないけどね。人数も増えたことだし、何とかなるだろうさ。そうだろ、サニア」
「ええ」
「じゃあ、マリコが出掛けてる間、あんたには帳簿を頼むとするかね」
「え、ええ……」
若干引きつり気味ながら、サニアも反対はしなかった。これでほぼ決まりである。
「マリコ殿が赴かれるなら私も同道致したく」
次いで、バルトたちの報告の途中から姿が見えなくなっていたミランダが戻って声を上げた。こちらはアドレーたちからは諸手を挙げて歓迎され、宿の方もマリコと同じ理由で反対はされなかった。
「それなら私も!」
「ブランディーヌ君。便乗して逃げようとしてもダメです」
「うっ」
最後に手を挙げたブランディーヌの申し出は、当然ながら上司によって却下された。
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