003 世界の終わり 3
ホワイトアウトしていく画面を、男は息をすることさえ忘れて見つめていた。
液晶ディスプレイの隅に表示された時計はちょうど正午に差し掛かろうとするところだった。今見えているエフェクトが収まった時、「本サービスは終了いたしました。」とか「回線が切断されました。」といったようなメッセージが出てこの世界は終わるのだろうと思われた。
◇
その日の正午を以って、とあるMMORPGタイトルのサービスが終了する。
ありふれた話だった。今もそこここで起きている、利益を生む事ができなくなった一つの仮想世界の終わり。業務の終了。ただそれだけの事だ。
3DCGで表示される可愛らしい或いは格好いいキャラクターと、着替えることのできる数々の衣装。膨大な種類のスキルと自由度の高い内容で人気を博したMMORPGタイトルがあった。多くの人々がログインし、パーティーを組んでダンジョンに挑んだり、着飾って仮想の街を歩いたり、アイテムを製作して露店に並べたりして楽しんでいた。
イベントや大規模アップデートがあればお祭り騒ぎだった。新しいレアアイテムや新規実装された称号をいち早く手に入れた者は時の英雄である。サーバーが満杯になることもしばしばで、ログインし損ねたユーザーが公式掲示板で気炎を吐き、場外祭りを始めるのが常だった。
しかし、流れていく年月と技術の進歩、なにより世間の流行には勝てなかった。
グラフィックの美しさや細やかさでは後発のタイトルに敵うはずもない。その上、スマートフォンが台頭したことで、場所を選ばず手軽に遊べるゲームが数多くリリースされるようになった。
かつて、古き良き昭和の昔に起こったというビデオテープ規格戦争において、高画質を誇ったソ○ー率いるベ○タは、画質は落ちるが長時間の録画が可能というV○Sに敗れたという。それと同じことなのであろう。多くの人々はそこそこ楽しめる手軽な娯楽を選び、遊ぶために高いスペックのパソコンや速いインターネット回線を必要とするMMORPGというジャンル自体が敬遠され始めたのだ。
当然、運営会社は頑張った。人気を挽回するため、新たなユーザーを獲得するため、様々なアップデートやタイアップによる梃入れが行われた。
しかし、その様はある意味、大怪我を負って死に瀕した動物がのたうつのに似ていたのかもしれない。一見派手ではあるものの、寿命を延ばすにはあまり役に立たない行為。暴れたせいで傷口を広げることさえあるかもしれない行為。
創作神話に基づいたファンタジーであったはずの世界。そこに――アニメ作品とのコラボレーションやタイアップの結果とはいえ――戦車が駆け、飛行機が舞い、ビーム兵器の光芒が咲き乱れるようになった。また、それに合わせて強力で使い勝手も見栄えも良い新しいスキルが次々と実装された。
ゲーム公開当初の神秘的かつ牧歌的な世界観とそこでの生活を愛した住人は嘆き呆れた。
膨大な時間を費やして練り上げたスキルを役に立たない遺物にされた廃人は匙を投げた。
レアなはずのガチャアイテムを無料イベントでの配布物にされ続けた商人は崩れ落ちた。
梃入れによる微増と絶望による激減を繰り返しながら、架空の街を埋める人々の数は確実に減っていった。それでも出ては消えるのが当たり前のゲーム業界において、十年もの命脈を保つことができたのは、本来のゲームとしての面白さなり完成度なりの証明だったのかもしれない。
栄枯盛衰。諸行無常。全ては春の夜の夢の如し。
遂に運営会社がサービス終了を発表したのは、一ヶ月前のことだった。公式ホームページに掲載された通知文には、基幹プログラムの仕様が古く先日発表された最新のOSに対応しきれなくなったことがサービス終了の第一の理由と記されていた。
◇
やがて、画面は白一色に埋め尽くされ、一切の音は途切れた。男は自分が息を詰めていたことに気付いて、深く深く息をついた。
一つの世界が終わりを迎える。
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