293 変わり行くもの 3
「とは言っても、アドレーたちをそのままもう一度送り出すわけにもいかないだろうがね」
どうだい? とタリアはアドレーたちに目を向ける。アドレーは少し考えた後、悔しそうに首を振った。
「念入りに準備していけば大丈夫、と請け合いたいところではありますが、正直に申し上げればそれでも我々だけでは難しいかと」
話すアドレーの隣でイゴールも頷いた。岩の魔物との戦いは、すぐそばで動き出されてしまったために支援・強化系の魔法を使う暇がなく、それで苦戦することになった部分もあるにはある。しかし、仮にその余裕があったとしても、アドレーたちの手札で倒しきるのは難しかっただろう。
そもそも魔物とは「魔力生物」という意味だと伝わっている。普通の生き物が物質の身体にいくらかの魔力を伴っている物であるのに対して、魔物は魔力の方が主体でその身体に物質をまとっているのだとされる。故に普通の動物と比べて物理的な攻撃が効きにくいのである。
ところがアドレー組の面々には、魔法に長けていると言えるほどの使い手がいなかった。これは身体能力を活かして戦うことを是とするアニマの国のお国柄もあって、ある程度は仕方がない部分もある。ただ、はっきり言ってしまえば、魔物と戦うのにあまり向いていない組なのだった。
「自分の力を過信せずに測れるのはいいことさね。死んじまっちゃあ何にもならないからね。それで……」
無用な見栄を張らないアドレーたちにタリアは満足そうに頷くと、ミランダとマリコにちらりと目を向けた後、アドレーに戻す。ミランダは唇を噛み、拳を握りしめて話を聞いていた。
「どれか他の組と一緒に行けばなんとかなりそうかい?」
「それなら恐らく問題ないかと」
ナザールの里に属する組同士を比べた場合、アドレーたちは現時点で最も総合力が低い、つまり弱いと看做されている。いずれかの組が同行すれば単純に考えて二倍以上の戦力ということになる。魔法的攻撃力という必要条件があるとはいえ、それで勝てないとはアドレーにも思えなかった。
「じゃあ、その線かね」
力が及ばない部分で他者の手を借りるのは恥ずかしいことではない。規模の小さい里ではと言うより、小さいからこそ助け合わないとやっていけない。タリアが頷いたことで、洞窟の確認については今は出払っている組が戻り次第ということになった。予定通りなら今日にも帰ってくるはずのバルト組が一番早い。
タリアは続いて里の方針も決めていく。当面、里の西側は見張りを厚くして基本的に出入り禁止ということになった。隣の街にも注意喚起と陸路で東に向かっている者がいないかを確認するための伝令が出される。里全体としての話はこれで終わった。
里の皆が散っていく中、タリアはアドレー組とミランダ、マリコを執務室へと向かわせる。サニアは伝令の手配をした後、そのまま厨房に戻るそうだ。
「マリコ殿!」
全員が執務室に入って扉が閉まった途端、マリコはミランダに手を取られた。ミランダはマリコの手をそのまま持ち上げ、祈るように自分の額へと押し当てる。ミランダの手がわずかに震えているのにマリコは気が付いた。
「手間を取らせるが、アドレーを治してやってもらえまいか」
「ミランダさん……」
「姫様……」
「か、勘違いするな! 別に貴殿を心配しているわけではないぞ。しっぽがそんな有り様など、我らアニマの民の名折れ。治して頂けるのであれば、一刻も早くだな……」
マリコやアドレーたちに視線を向けられ、ミランダは怒ったように理由を連ねる。しかし、微妙に涙目になっている今のミランダでは、言い訳にもあまり説得力がなかった。
◇
「……それで、姫様に一体何が起きたというのですか」
マリコの修復によってアドレーのしっぽも元に戻り、ここからが別の部屋にやってきた本題である。
「ああ、それなんだがな……」
もちろん、マリコが女神の部屋に通っているなどという話はできない。マリコとミランダは、タリアに話したようなことをアドレーたちにも話して聞かせた。
「では本当に、月と風の女神様の加護を」
「ああ」
「それで髪の色が段々と女神様の色に近づいて行っていると」
「そうだ」
「素晴らしいですな!」
ミランダが加護を受けたことについて、アドレーは純粋に喜ばしいと感じているようだった。アドレーは更に、「ですが、いや、ならばこそ」と付け加える。
「今日は不覚を取りましたが、このアドレー。更なる研鑽を積んで必ずや姫様に追いつき、追い越してご覧に入れましょう」
「ふむ、そうか。精々頑張るが……」
毎度のように繰り返されたやりとり。しかし、その途中でミランダの言葉は止まった。
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