番外 005 黄昏のハロウィン
例によって本編自体との整合性は無視の妄想話となっております。「作者によるセルフ二次創作」として気楽にご覧ください。
「おねえちゃーん! 居るー?」
「ええと、トリックオア……」
「バカね、まだ早いわよ!」
扉をノックするコンコンという音と聞き覚えのある子供たちの声がやけに大きく聞こえ、マリコの意識を眠りの淵からゆっくりと浮上させた。少し間を置いて、もう一度ノックの音が響く。
「ん、うん……。ん? あ!」
夕食の仕込みが一段落して一休みとなった際、部屋に戻って何となくベッドに倒れ込んだまま眠ってしまっていたらしい。抱え込んでいたシーツを放り出して、マリコは飛び起きた。
今日は十月三十一日。この世界にも何故かハロウィンはあるようで、夕食にはそれらしい特別メニューが出されることになっていた。ただし、その中にはカボチャの煮付けなども混じっており、和洋折衷なところは相変わらずである。
寝過ごしたかとあせったマリコが窓に目を向けると、やや傾いてはいるもののまだ陽は落ちていない。眠っていたのはわずかな間だったと分かって、マリコはふうと安堵の息を吐いた。捻っていた上体を前に向け直すと、編み上げブーツを履いたままの足が目に入る。
(靴も脱がずに寝てたんですか、私は……って、あれ?)
黒いブーツの上に続くのは白いストッキングに包まれた脚。そこまではまだいい。膝上で白の領土の国境を迎えると、そこからは絶対領域と呼ばれる肌色の滑らかな平野がわずかに望め、その先は黒く短いスカートに覆われた腰部丘陵地帯へと続いていた。
しかし、その光景はマリコの記憶と食い違う。大抵いつもメイド服であることには違いないが、今日はロングタイプを着ていたはずなのだ。はてと首を傾げるマリコの思索を、さらなるノックの音が中断させた。
「あー、はーい」
マリコは返事をしながらベッドから降りた。夕食時になって食堂が忙しくなる前にお菓子の回収に回っているのだろう。さすが女将さんの孫だなあなどと内心感心しながら、用意してあったお菓子を取り出そうとアイテムボックスを開いた。
(あれ?)
しかし、そこには入れておいたはずの物が無い。仕舞う先を間違えたかとアイテムストレージも開いてみたが、そちらにも入っていなかった。あれ? あれ? と改めてそれぞれを見直してみてもやはり見当たらない。そんなマリコを急かすようにもう一度扉が叩かれた。
(包み紙もありませんが仕方ありません)
無い物はどうしようもない。二人をがっかりさせるのは忍びないので、マリコはプレゼント用ではなく、自分のおやつ用に元々持っていたお菓子を取り出してエプロンのポケットに移した。
戸口へと向かい、ガチャリと扉を引き開ける。すると、そこに立っていたのは予想通り、先ほどの声の主であるアリアと弟のハザールだった。ハロウィンの仮装らしく、アリアはつばの広い黒のとんがり帽子を被って同じく黒いマントを羽織り、ハザールは大きなオレンジ色のカボチャをくり抜いて作ったジャック・オー・ランタンを頭から被っている。
「あ! おねえちゃん! トリックオアテイル!」
「ええと、トリック、オア、テイル!」
アリアの発した決まり文句をハザールが復唱する。しかし、その言葉はマリコの知っているものとは微妙に違っていた。
「え!? トリック、オア、何ですって?」
(ハロウィンの時のセリフって「トリックオアトリート」じゃありませんでしたっけ?)
「トリックオアテイルだよ! おねえちゃん!」
「テイル? テイルってもしかして、しっぽですか!?」
「もちろんそうだよ」
アリアが言うには、ハロウィンとは猫耳の人たちにしっぽを触らせてもらえる日なのだそうだ。「トリックオアテイル」はそのまま「しっぽを触らせないと悪戯するよ」ということらしい。一瞬、なんと素晴らしい日かと思ったマリコだったが、すぐにいろいろとおかしいと思い当たった。
(じゃあ、どうしてこの二人は私のところに来てるんでしょう? 大体、私にしっぽは……)
と、そこまで考えたところで、自分の腰の後ろにある物の感触に気が付いた。慣れてしまっているので気にしていなかったのだが、先ほど起き上がってからずっと太股の後ろ側に当たっているのは一体何か。マリコは身体をひねってそこへ目を向けた。
短いスカートの先から、紫の毛に覆われたしっぽが伸びていた。恐る恐る頭に手をやってみると、案の定そこにホワイトブリムは無く、当然のように飛び出した猫耳に触れる。
(ど、どうして!?)
マリコに猫耳としっぽが生えたのは、女神の部屋でにゃあにゃあ言わされたあの日だけのはずである。「容姿」タグを操作すれば生やせることは分かっていたが、もちろんその後やったことはない。あの部屋ならともかく皆がいるこちらで容姿を変えて、万が一誰かに見つかったら大騒ぎ必至である。
しかし、目の前の二人には猫耳としっぽのあるマリコに驚いた様子もなく、ただ期待の目を向けてくる。どう見ても今のマリコを見慣れている。マリコはもしや元々自分の姿はこうだったのではないかと思い始めた。
(いやいや、そんなはずはありません)
あわててその考えを振り払う。何かがおかしいのだが、こんな変なことをする犯人は一人しかいないではないか。そちらは後で追求に行くとして、問題は目を輝かせているアリアとハザールである。断るのも可哀想な気がするし、それで本当に悪戯されるのも困る。
(まあ、この二人なら女神様のようにねちっこく責め立てたりはしないでしょうし)
自分の事を棚に上げたマリコは、二人に背を向けるとしっぽを持ち上げた。前の時とは違って、何故か自分のしっぽは手足のように自由に動く。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、おねえちゃん!」
「ありがとう! わーい!」
アリアとハザールはそれでもきちんとお礼を言ってからマリコのしっぽに飛びついた。早速撫でたり頬ずりしたりし始める。多少くすぐったくはあったが、この程度なら耐えられないほどではない。逆にしっぽの先を動かして二人の手や頬を撫で返してやったりする。
「ふわふわー」
「あったかーい」
しばらくマリコのしっぽを堪能した二人は「やはり猫耳としっぽは素晴らしいものだ」などと、誰かの受け売りらしいセリフを吐いた後、改めて礼を述べて帰って行った。
(トリックオアテイルとか、何を考えてるんですか、あの女神様は)
二人を見送ったマリコは、女神に真意を質すべくチョーカーに手を当てる。しかし、そこであることに気が付いて手を下ろした。しっぽを触らせてもらえる日だというなら、マリコの方が触るのもアリなのだ。そしてこの里には、マリコがまだ撫でていないしっぽが五本存在する。
(ミランダさんの手前、普段はさすがに言いにくいですからねえ)
マリコにとって、猫耳としっぽを愛でることに関しては男女差など些細な問題である。アドレーたちは昨日戻って、今日は食堂でゴロゴロしていたはずだと思い出したマリコは、食堂が混む時間帯になる前に五人のしっぽを撫でるべくそっと部屋を出た。
カウンター横の廊下まで出たところで、マリコは食堂が騒がしいことに気が付いた。どうやら結構な人数が集まっているようである。
(夕食にはまだ早いんですが、何かあったんでしょうか)
マリコは足音を忍ばせて廊下を進んだ。
「トリックオアテイル!」
「「トリックオアテイル!」」
「「「トリックオアテイル!」」」
「「「「「ひいいぃぃ」」」」」
食堂は異様な熱気に包まれていた。里の者ほとんどが集まっているのではないかという人ごみの中、それぞれ取り囲まれたアドレーたちが回り中からしっぽを撫でまくられてもみくちゃになっている。
(こ、これは一体……)
「あっ! マリコさん!」
状況を把握する間もなく、マリコの姿を見つけたらしい誰かの声が上がった。そもそもカウンター横の廊下は真っ直ぐ奥へと伸びており、隠れる場所があるわけではない。マリコがそっと出てきたので気付かれていなかっただけなのだ。
「どこ!?」
「ほら、奥!」
「マリコ様、来てはいけません! お逃げください!」
皆の顔が次々と上がってマリコを捉え、もみくちゃにされていたアドレーが何とか声をしぼり出す。
「トリックオアテイル」
誰かがそう口にしてマリコの方へと腕を伸ばす。
「トリックオアテイル……」
「「トリックオアテイル……」」
「「「トリックオアテイル……」」」
次々に腕が上がり、ずずずと集団が足を引きずるように動く音がし始めた。さながら、新たな被害者を見つけたゾンビの群れのようである。
「ひっ」
例えようのない感情にしっぽがブワッと膨らみ、マリコは踵を返した。アドレーたちを置き去りにするのは気が引けるが、今はとにかく逃げるしかない。
(あっ、ミランダさん!)
廊下を駆け戻りながら、マリコはもう一人猫耳の存在を思い出した。何が起こっているのかはよく分からないが、このままだとミランダも標的になる可能性が高い。マリコは自分の部屋に逃げ込むのをやめて隣の部屋の前に立つとその扉に手を掛ける。
幸いなことに鍵は掛かっていなかった。窓際に座っていたミランダがいきなり開いた扉に驚いた顔をする。その顔を認めるとマリコは部屋に飛び込んで扉を閉め、急いで鍵を掛けた。身体を反転させて扉に背中を預け、ふうと息を吐いていると、ミランダが立ち上がるのが見えた。
「貴殿の方から来てくれるとは僥倖だ、マリコ殿」
「え!? ミランダさん?」
穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと近付いてくるミランダは、いろいろなところがいつもと違っていた。
まず、着ている物が違う。ミランダのメイド服は今マリコが着ているのと同じ黒のミニか、宿から支給されたもう少し長めの深緑の物のどちらかだったはずである。しかし、ミランダが纏っているのは、いつもマリコが着ていたはずの、黒のロングタイプだった。
次に、そして決定的に違う点。
(猫耳が……無い?)
女神の加護を受けたことですっかり銀色になってしまった髪。その間から飛び出していたはずの猫の耳が、このミランダには無かった。
「マリコ殿」
「えっ!?」
いつの間に移動し終えたのか、マリコが気付いた時には目の前にミランダが立っていた。わずかに見上げなければならない身長差。これもいつもと違うところである。そのどこか違うミランダは、扉を背にして立つマリコのすぐ横に手を突いた。扉ではあったが壁ドンである。その姿勢のまま、ミランダは言う。
「常々愛でさせて欲しいと訴え続けてきたそのしっぽ。ここへ来られたということは、今日こそ応えて頂けるということであろう?」
「は!?」
「トリックオアテイルだ、マリコ殿。これで言い訳も立つであろう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
誰が何を愛でるというのか。マリコはその場にスッと屈みこむと、壁ドンの包囲網から脱出した。しかし、扉の前にミランダがいる以上、抜け出す先は部屋の奥側しかない。そちらへ飛び出したマリコは、しかし柔らかくポスンと受け止められた。顔を上げるとマリコの両肩をつかんだミランダと目が会う。
「ええ!?」
思わず扉の方を振り返るが、そこにはもう誰もいなかった。ミランダがどうやって移動したのか、マリコには目で追うことさえできなかったのである。
「何を驚いておられる。回復系魔法だけに特化した貴殿に、近接戦闘を極めた私の動きが見切れるはずがないであろう。そんなことより……」
ミランダがマリコの肩に置いていた左手を離した、と思った途端に膝裏に力を感じ、次の瞬間、マリコは宙に浮いていた。自分の顔と触れてしまいそうな距離にあるミランダの顔を見上げる。マリコは軽々と抱き上げられていた。いわゆるお姫様だっこである。そのまま数歩進んだミランダは、マリコをそっとベッドに横たえた。
「なっ、何をっ!?」
「何を? 決まっておろう、愛でるのだ、マリコ殿を。性的悪戯オアしっぽ責め?」
「それ、何か不穏な意味になってませんか!?」
「さて、どうであろう? では、いざ!」
一方的に宣言したミランダは戦場、あるいは楽園へと降下し、直ちに制圧を開始する。
「ちょっ、待っ、それっ、だっ、だめですっ! にっ、にゃあああああ……」
◇
「にゃあ!」
叫び声を上げてマリコは飛び起きた。ハァハァと荒い息を吐きながら辺りを見回すと、そこは見慣れた自分の部屋である。
「今のは……ゆ、夢?」
夕食の仕込みが一段落して一休みとなった際、部屋に戻って何となくベッドに倒れ込んだまま眠ってしまっていたらしい。マリコは握り締めていたシーツを手放すと、自分の身体に目を向けた。
編み上げブーツを履いたままの足。そこまではさっきと同じだったが、そこから上は違っていた。ロングタイプの黒いメイド服に覆われ、絶対領域など髪の毛一筋ほども見えていない。自分の記憶通りの姿だった。
「よ、良かった……」
安堵のため息を吐いたマリコは、額を流れ落ちる汗を手の甲で拭った。額だけでなく頭全体に汗をかいたようで、髪がじっとりしているのが分かる。一度まともに拭いておこうと手拭いを取り出したマリコは、一旦ホワイトブリムをはずすために頭に手をやった。
「あれっ?」
しかし、頭の上にそれは無かった。代わりに、柔らかく温かいものに触れ、同時に触れられる感覚。今あってはならない物がそこに生えている感触。
「な……」
その時、コンコンと部屋の扉をノックする音が、やけに大きく響いた。
黄昏=逢う魔時。
改めて書いておきますが、本編自体とは無関係の妄想です(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




