288 ミランダとの秘密 11
「「ええっ!?」」
二人は顔を見合わせ、マリコは改めてミランダの頭に目を向けた。言われてみると、オレンジと赤茶色の見事な赤トラだったはずのミランダの髪は、わずかに色が薄くなっているような気がする。実際、指摘されて初めて気が付く程度の変化だった。
(違和感の正体はそれでしたか。それにしてもサニアさん、よく気が付きましたね)
いつの時点からなのかは分からないが、恐らくはほんの少しずつ変わってきていたのだろう。ほとんど一緒にいたせいでマリコにははっきり「変わった」と思えなかったのである。
「あら、やっぱり心当たりがあるの? だめよ、ミランダ。洗濯用のセッケンはきつ過ぎるからあれで髪を洗っちゃだめって、前にも言ったでしょう」
マリコたちの様子を見て、得心したようにサニアが言う。これにはマリコも少し驚いた。確かに洗濯場で使われているセッケンは汚れを落とす効果が高い分、肌や髪にはやさしくないのだ。マリコでさえ、よほどの事がなければそれで髪を洗おうとは思わないだろう。
「ミランダさん、そんな事してたんですか!?」
「しておらぬ! ……少なくとも、このところは」
反射的にマリコへと言い返したミランダの声は、後半段々と小さくなっていった。サニアによると、ミランダがこの里へ来た当初、風呂でその現場を見かけて注意したことがあるのだそうだ。
「あれは! シャンプーが切れてやむなくセッケンで洗おうとした時に、アイテムボックスから出すのを普通のセッケンと間違えたのだ」
ミランダはそう抗議したが、やや目が泳いでいるので怪しいものである。ミランダが時々面倒くさがりになるのはマリコも知っていた。
「あら? 洗濯セッケンじゃないの? だとしたら……」
「あ!」
サニアの言葉に、マリコは現在の状況を思い出した。今朝は分からないが、ミランダが髪を洗うのに洗濯セッケンなど使っていないことは、大抵一緒に風呂に入っているので知っている。となれば、ミランダの髪の変化は何が原因か。一番怪しいのはもちろん加護である。
「どうしたの? 色が抜けた原因が分かったの?」
「いえ、厨房に行く前に顔を出すようにってタリアさんに言われてたのを思い出したんです。ね、ミランダさん?」
ミランダの加護の話はまだサニアにまで伝わってないようである。とりあえず、その場を取り繕うための理由をでっちあげたマリコは、言いながら肘でミランダの脇腹を小突いた。
「ぬ? あ! ああ、そうであったな! タリア様の所へ行かねばならぬ」
「あら、マリコさんだけじゃなくてミランダもなの? 何かしらね」
「さあ、そこまでは……。ともかく、ちょっと行ってきます」
「そ、それではまた後ほど、サニア殿」
首を傾げるサニアを残して、二人は早々に厨房から脱出した。朝食の準備があるとはいえ、まだパートの人たちも来ていない早めの時刻である。タリアに相談に行く時間はあるだろう。マリコはミランダを促すと執務室へと向かった。
◇
「あー。やっぱりそうなってきたかい」
応接セットで向かい合って二人の話を聞いたタリアは事も無げにそう言った。
「タリアさんは髪の事、知ってたんですか」
「ああ。自分も経験したことだからね」
「え!?」
驚くマリコに例の面白そうな目を向けながら、タリアは自分の頭を指す。今でこそ若干白い物が混じっているが、後頭部でまとめられたその髪は見事な赤毛である。若い頃はそれこそ燃えるようだったろう。
「私は、ついでに言うとナザールも、元々は今のサニアに近い髪の色だったのさね」
いつも首の後ろでくくられているサニアの長めの髪は、オレンジに近い金色である。髪の色は両親のどちらか、あるいは両方の特徴が出る。タリアの夫である今は亡きナザールは金髪だったとマリコは聞いていたので、タリアとサニアの髪の色の関係に今まで疑問を持ったことはなかった。
「研究会のブランディーヌにでも聞けば詳しく教えてくれるだろうがね。加護を得た者は髪の色が変わる場合が結構あるらしい、ってこった。強い加護を与えられた者は特にね。そしてもちろん、加護を与えてくださった神様の色に近付いていくのさね。だからこそ、バレるのは時間の問題だって言ったんだよ」
「ああ、あれはそういう意味だったんですか」
これまでと違う技を鍛錬するというのも含めて、ミランダが強くなっていくのを隠し切れないだろうとマリコは思っていた。だが、タリアは見た目が変化することで周囲が気付くと考えていたようである。
火の女神の加護を受けたタリアの髪は赤で、金の男神の加護を受けたナザールの髪は金。確かに一致している。しかし、とマリコが思ったところで、今まで黙って話を聞いていたミランダが、身を乗り出すようにして声を上げた。
「で、ではタリア様。私のこの髪は風と月の女神様の色に、あの銀色に近付いていくと言われるか」
「色が抜けてるってサニアに言われたんだろ? なら多分そういうことなんだろうねえ。いつ変わり切ってしまうのかは私にもはっきりは分からないよ。私の時も真っ赤になるまでにはしばらく掛かったからね」
「そうか……、女神様の銀色に……。むむむ、いや、しかし……」
タリアの答えを聞いたミランダは、頭を抱えて何やら唸り始めた。その理由はマリコにも何となく見当が付く。
(確か、アニマの国の王族にしか赤トラは出ないって言ってましたからねえ)
今は国を離れているとは言え、ミランダが自国を好きである事は疑いようがない。そして恐らく自分の毛色にも誇りを持っていた。それが今、失われようとしているのだ。
(でも、変わる先が自分たちの神と崇める女神様の色ですからねえ)
嘆きたい気持ちと喜ばしい気持ちが同時に湧き出して、どう表現すればいいのか悩んでいるのだろう。そう思いながらミランダを見ていたマリコは、ふと疑問を感じた。
(それなら、どうして私の髪は紫なんでしょう?)
太陽と命の女神の色として神話が伝えるのは白と黒である。紫という髪の色はゲームキャラクターであった「マリコ」の時のままなのだ。タリアなら何か知っているかと、もちろんゲーム云々の話は抜きに、マリコはその疑問を口に出した。
「正直に言ってしまえば、私にゃ分からないさね。あんたの事があったから、もしかするとミランダの髪も元のままかも知れないと思ってたくらいだからね」
「え」
「だけど、ミランダの髪の色は変わり始めた。それを併せてみれば、一応考えられることはあるさね。マリコ、思い出してごらん。白と黒は太陽と命の女神様の色として伝わっちゃいるが、それが髪の色と決まったわけじゃないだろう?」
「そうですね」
神格研究会でもそこは諸説分かれているというし、だからこそ白黒虎縞の猫耳少女として描かれる本が書かれる。
「太陽と命の女神様については、まだ秘密にしておきたいのかも知れないね」
「秘密、ですか」
確かに謎が多い方が神様としての神秘性は上がるだろう。しかし、今のままだとマリコの髪色を根拠として、太陽と命の女神の髪は紫という新説が出る可能性もあるのだ。わざわざそんなことをする必要があるのだろうか。
(猫耳女神様に聞いても……、教えてくれそうにはありませんねえ)
早朝の執務室で唸る一人を前に、残る二人は首を捻った。
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