029 寝起き 2
扉を開けて入ってきたのは、サニアとアリアの母娘だった。
「良かった。目が覚めたのね、マリコさん。おはよう」
「おはよう、おねえちゃん」
「お、おはようございます」
(良かったって……。おはようと言うからには、今は朝なんだろうけど、私はいったいどれだけ寝てたんだ?)
朝のあいさつを返したものの、マリコには今が一体何時なのか分からなかった。タリアと話をしていた時にはまだ夕方にもなっていなかったはずなので、少なくとも一晩以上寝ていたことになる。
(聞きたくない気もするけど、聞かないわけにもいかないよな)
「あの、サニアさん、何がどうなって私はここにいるんでしょう?」
内心、冷や汗を流しながらマリコは聞いた。
「ああ、起きたばかりじゃそりゃ分からないわよね。昨日、この部屋の準備をしてたら、あなたが寝ちゃったって母さ……、女将が呼びに来たのよ。疲れが出たんだろうって言ってたわ。それで、ミランダを呼んで女将と二人でここへ連れてきてもらったのよ。ああほら、今の私が人を抱えて運ぶのはちょっとね」
「それは当然ですよね」
(昨日、か。良かった、三日寝てたとか言われなくて。タリアさんも泣きながら寝たとは言わないでおいてくれたみたいだな。ありがとうございます)
心の中でタリアに礼を述べながら、マリコはサニアの言葉に相槌を打った。妊娠中に重い物を持つなとかいうのはよく聞く話である。人間を抱えて動かすのはさすがに危険だろう。
「でも、あの服のまま寝かせるわけにもいかないでしょう? とりあえず泊まりの人に貸し出してる寝巻きに私とミランダで着替えさせたんだけど、ごめんなさいね。目が覚めて服が変わってたら、そりゃびっくりするわよね」
「いえっ、いえっ。こちらこそ、とんだお手間を掛けさせてしまったようで、申し訳ありません」
(うう……、この人とあの猫耳メイドさんにパンツ一丁に剥かれて着替えさせられたのか。恥ずかしいというか申し訳ないというか、穴があったら、ってそんなのばっかりだな)
「いいのよ、そんなのは。それより、朝になってもなかなか起きないから、そっちの方でちょっと心配してたのよ」
「おねえちゃん、私が呼んでも揺すっても起きなかったんだよ」
「えっ、そんなにですか。それはアリアさんにもご心配をお掛けしましたね」
夜には目を覚ますだろうと思っていたら、そのまま今まで起きなかったという。アリアも何度か様子を見に来ていたらしい。
(どれだけ深く寝てたんだよ、私)
「命の日に寝坊って、命の女神様みたいだねってお母さんと話してたんだよ。ね、お母さん」
「そうね」
「いやいや、ねぼすけで女神様に例えられてもあんまり嬉しくないですから」
マリコの言い様に、二人は声を上げて笑った。
(今日は命の日なのか。要は日曜なんだな。ということは)
「では、今日は休みの日ということですか?」
「ええ、普通はそうなんだけど、うちはそうもいかないのよ。ほら、宿屋だから」
「ああ」
(泊まってる人や食事に来る人がいるなら、休みっていうわけにはいかないよな)
「じゃあ今は……」
「お昼の仕込みや洗濯をしてるわ。この後、私も行くのよ。通いの娘はさすがに休みの娘も多いしね」
「私もお手伝いに行くの」
(人数も平日より少ないのか、それは大変だな)
「私もお手伝いさせていただいてもよろしいですか?」
二人の話に、気が付くとマリコはそう口に出していた。
「気にしなくてもいいわよ、と言いたいところだけど、正直助かるわ。お願いしていい?」
「はい」
「女将も口では「仕事はともかく」とか言ってたけど、働かせる気満々だからね。私としてもあなたがここで働いてくれればいいと思ってるわ。実際手は足りないし、あなた割とできそうだし」
「やってみないと分かりませんから、あんまり期待しないでください」
「ご謙遜ね」
「おねえちゃん、すごくできそうに見えるから大丈夫だよ」
「だといいんですけどね」
(できそうに見える、って大部分はメイド服のおかげなんじゃないだろうか)
アリアの言葉にマリコは苦笑するしかなかった。
「とりあえず、マリコさん。あなたは、そこの水で顔を洗って、これをお腹に入れて、着替えを済ませてからね」
二人を笑って見ていたサニアが、中空からポットとサンドイッチが乗った皿を取り出しながら言った。マリコは一瞬ギョッとしたが、すぐにアイテムボックスから出したのだと気が付いた。
(いきなり荷物が出てくる光景にはまだ慣れないなあ)
「分かりました」
「そうそう、先に言わないといけなかったのに忘れてたわ。ここがマリコさん、あなたの部屋よ。はい、これが鍵ね。服はあの中に掛けてあるから。あとは、櫛とか要りそうな物を適当に持ってきたから使って。足りない物は言ってくれれば後で用意するから」
サニアはさらに真鍮製らしい古めかしい形の鍵と、小物が入った籠を取り出し、例の襖を指差して言った。あれはやはり押入れだったようだ。
「何から何までありがとうございます」
マリコは礼を言って鍵を受け取った。
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