285 ミランダとの秘密 8
「確かに剣という技についてだけ言えばそうですね。二十まであるスキルレベルの十五まで上がってきていますから、その先はそう簡単じゃありません」
「そうであろう? だというのに何故そのような顔をされるか」
マリコの声にそちらを見たミランダは、その顔に浮かんだ笑みに気付いて口を尖らせた。
◇
己のスキルのページを見たミランダは雄叫びを上げて踊りまわりたくなったものの、その興奮を何とか抑えて冷静に振舞おうとしていた。もっとも、時折耳としっぽがピクピクと反応しているので隠し切ることに成功しているとは言い難い。しかし、いつものミランダならとうにマリコに抱きついて振り回していたであろうことを考えれば、十分落ち着いていると言えなくも無い。
(この、技のレベルが分かって、それを上げるための条件が分かる、というのはすごいな)
普通ならどれだけ訓練すれば腕が上がるか、などということは分からない。そもそも、腕が上がったと明確に自覚できること自体がそうそうあるものではないのだ。
「何段斬り」などといった個別の技に関して言えば、これまで出せなかった技が出せるようになった、というところまではまだ分かりやすい。しかし、そこから先は別である。その技をどれだけ使いこなせているかといったことをはっきりと自覚するのは難しい。ある程度昔の自分を思い出して比べてみて「ああ、あの頃よりは上手くなった」と感じるのが精々だろう。
技を磨き上げるには型稽古なり手合せや実戦で使うなりを繰り返すしかない、というのがこれまでのミランダの感覚だった。だが、今ミランダの目の前にそれがスキルレベルという数値とレベルアップのための条件という形で具体的に示されている。ミランダは勢い込んで剣の技の項目を探した。そしてすぐに「剣」というスキルを見つけることができた。
スキルレベル十五というのは十分実戦で通用するレベルなのだとマリコが教えてくれた。そして人の身で到達できるレベルは二十までだという。だとすれば、自分はまだ五段階強くなれるはずである。そう思ってミランダはレベルアップするために必要な条件の欄に目を向け、そして考え込むことになった。
いくつかある条件のそれぞれには、簡単でもないが実現不可能ということもない事柄が書かれていた。その内容自体にはある程度納得できる。問題は回数である。全てが手探りであるよりは遥かに分かりやすいものの、これは歩まねばならない道程の長さを具体的に突きつけられることでもあったのだ。
――これは手にしたからというて即座に強くなれるような都合のいい代物ではない
――己を鍛えるのはあくまで己自身
女神の言葉を思い出したミランダは、納得すると同時に道は長いと唸っていたのである。
◇
「考えてみてください。ミランダさんが目指している『強くなる』というのは、剣の技だけで決まるものですか?」
口を尖らせたミランダがちょっと可愛い、などと思っていることはおくびにも出さずにマリコが言う。ミランダは「ぬ」と少し考えてからそれに答える。
「いや、そんなことはないであろう。当然、力の強さや速度なども関係……あ」
途中で何かに気付いたように言葉を切ったミランダにマリコは頷いて見せた。
「そうです。剣を取って戦う場合でも、強さを決めるのは剣の技だけではありません。仮に剣という技のレベルが同じ者同士が手合せをするとしたら、筋力や敏捷度、器用度などが高い方が有利でしょう? 相手の動きを読む、といったことまで考えるなら知力だって高い方がいい」
「それは確かにそうだ」
「そうした能力の値は剣だけが上げられるわけではありませんし、知力なんかは剣では上がりません」
マリコはそう言うと、剣の項目を選んで詳細情報を呼び出して見せた。そこにはスキルレベルを上げることで得られる能力値の種類やこれまでのレベルアップで得た能力値の合計などが示されている。次いでマリコはいくつかのスキルについても同じようにミランダに詳細を見せていった。
ある程度見せたところでマリコは手を止め、ミランダは何事かを考え始めた。百以上あるスキルの全てを今見るのはさすがに時間が掛かり過ぎるのである。この辺りは後でミランダだけでも閲覧ができるようにしておかないといけないなとマリコは思った。
「ふむ、なるほど……。今はまだ持っていないが習得できる状態になっているものもあるのか」
「そうですね」
スキルを未習得の状態からレベル一にする場合の習得条件には比較的緩いものが多い。ミランダが言っているのはそういった、たまたま条件をクリアして習得可能になってはいるものの、ミランダ自身がこれまで取りたいと思ったことがない能力ということである。
「これらのスキルを端から取っていけば、能力値もそこそこ上がるということであろうか」
「いやいや。確かにその通りではありますけど、そんな無茶をしようとしないでください」
豪快なことを言うミランダをマリコはあわてて押し留めた。基本的には、レベルが上がるごとに必要なスキルポイントも増えていくのである。確かに今はスキルポイントにも余裕があるが、あまり手を広げすぎると本当にレベルを上げたいスキルが上げられなくなる場合があるのだ。
(やはり、今の状態で操作を丸ごと本人に任せるのは危なそうですね)
それから二人してああだこうだといろいろなスキルを見て回った結果、ミランダは四つのスキルを新たに取った。斧、槍、魔法理論と裁縫である。
斧と槍はそれぞれを装備する――要するに持ってみる――ことが習得条件でクリア済みだったのだが、剣にこだわっていたミランダはそれらに関する能力を欲しなかったのである。ただ、これらも剣と同様にレベルアップで筋力や器用度が上昇する。これを知ったミランダは、剣のために斧や槍も練習する気になったようだった。
魔法理論も習得条件――『魔法理論の基礎』という本を読む――がクリア済みで放置されていたものである。生活魔法や攻撃系魔法なども使うミランダなのだが、魔法は補助的に使えればいいと思っていたという。これはMPと知力が上がる。
最後に裁縫だが、これは習得条件である「縫い針を装備する」が何と未クリアで、マリコが将来を心配した結果の習得である。男だろうと女だろうと多少はできないと困るというのがマリコの持論なのだった。条件はマリコの裁縫セットから針を取り出し、持たせてクリア。こちらは主に器用度が、レベルが上がってくると敏捷度も上がるようになる。
後は現在レベル四の調理が、あと五回「野菜か果物の皮をむく」ことでレベルアップ可能であることが分かった。
「明日の厨房で何としても上げてみせる」
最後にそう意気込んで、ミランダは自分の部屋へ戻るために席を立った。こちらは主に器用度と若干筋力が上がるが、このところ料理には興味を持っているのでステータス目的というわけではなさそうである。
(これは当分、忙しくなりそうですねえ……あれ?)
出て行くミランダを見送っていたマリコは、扉の向こうに消えたその後姿に何か違和感を覚えたような気がした。
(んん? 何か違った?)
ベッドに入ってからも考えていたものの、結局マリコに違和感の正体は分からなかった。
お姫様育ちが発覚するミランダさん(笑)。
以下は「038 厨房の攻防 5」で出てきた、スキルレベルと実際の腕前の関係です。
・レベル一~七:趣味レベル。初心者、素人クラス。
・レベル八~十二:実用レベル。経験者、アマチュアクラス。
・レベル十三~十六:商用レベル。上級アマチュア、プロフェッショナルクラス。
・レベル十七~十九:専門家レベル。上級プロフェッショナル、玄人クラス。
・レベル二十:限界レベル。名人、達人クラス。
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