284 ミランダとの秘密 7
「はあああ……」
ミランダの口から賞賛と落胆の色が微妙に入り混じった長いため息が吐き出された。
マリコは今、そのミランダと並んで自分のベッドに腰掛けている。夜になって食堂が閉まり、入浴と打ち合わせが終わった途端、ミランダに確保されて自分の部屋に連れ込まれたのである。先にベッドに腰を下ろして早く早くとマリコに期待の目を向けるミランダの姿に、マリコは苦笑するしかなかった。
先ほど入ってきた風呂では、ミランダのチョーカーが一緒に入ったサニアたちに早速発見された。とりあえず、マリコに合わせてかつあやかったお守りだという話にしてあるのだが、その話をするミランダがやたらとニヤけるのでマリコとしては見ていてハラハラのし通しだった。ミランダ本人は隠しておくつもりのようだが、嬉しさが隠しきれていない。
そもそもお守りの方が、授けられた加護の証の形としていくつもの例が伝わっているチョーカーを模して作られたものである。マリコ自身は自分のチョーカーが本物の証であることをタリア以外には明かしていないのだが、マリコの能力と相まって周囲からは本物だろうと思われていた。ミランダの物も普通ならお守りなんだねで済むところだが、ミランダの傍にはそのマリコがいる。
それにこの先起こるであろうことを合わせて考えると、いつ本物だということにされるだろうかというのがマリコの見立てだった。
「やはりマリコ殿はすごいな。比べてみると私などまだまだだ……」
目の前に浮かんだ二人のウィンドウを見比べてミランダが言う。そこには両者のステータスページが表示されている。並んでいる能力値の全てにおいてマリコの方が高く、項目によっては倍以上の開きがあるのだから、ミランダの反応は当然と言えば当然であろう。
「ええと……」
その通りだと認めるのもそんなことはないと謙遜するのもおかしい気がしてマリコは言葉を探したが、すぐに現状を比べても意味が無いことに気が付いた。ゲームのシステムに則ってやってきたマリコの方が「育っている」のは当たり前なのだ。
「ミランダさん、それぞれの項目の合計欄だけを見ないでください」
マリコはそう言うと能力値の見方を説明し始めた。各能力値は基本値と補正値、およびその合計という形で表示されている。基本値とは個々の年齢や体格などによって決まる、文字通り基本の――肉体本来の――数値である。一方の補正値はそれ以外の要因によるものの合計で、多くはレベルまたはスキルに由来する。二人に大きな差があるのはこの補正値の方だった。
「ほら、こっちの基本値だけを比べてみてください」
「ああ、そこはさほど変わらぬな。敏捷度などはむしろ私の方が高い」
「それが技も何も無い、素の状態での能力なんです」
「なるほど」
筋力などはマリコの方が高いが、器用度や敏捷度になるとミランダに軍配が上がる。この辺りは個人差もあるだろうが、ミランダが猫耳の部族であることも関係しているのではないかとマリコは思った。アニマの国には細身で素早い者が多いと聞く。RPGなどによくある、いわゆる種族特性であろう。
「この基本値は鍛錬してもそんなには上がりません。その隣の補正値が条件を揃えれば上げていける部分です」
そう言いながら、マリコは改めてミランダのステータスを見た。幸い、現在のミランダは結構なスキルポイントを保有している。これを使ってスキルのレベルを上げてやれば、スキルごとに決まった能力値――多くの場合、そのスキルに関係のあるもの――が少しではあるが上がる。それを多数積み上げた結果が今のマリコなのだ。
「条件……」
「それが今朝話した、技とそのレベルを上げていくということです。そして、これがミランダさんのスキル」
マリコはミランダのウィンドウに触ってスキルのページを開いた。そのページにはさらにスキルの系統ごとのタブが並び、一番に開くのは戦闘関係のページである。
「おお、これが私の持つ技なのか」
「持っている物だけではありません。これから持つ、取れる物も載っています」
「それが女神様の申された『己を鍛えるための助けや道しるべ』なのか」
「はい」
多数のスキルが並んだページを二人で見ていく。既に持っているスキルの欄にはスキルレベルと次のレベルに上がるために必要な条件や修行内容が、まだ持っていないスキルの欄には習得するための条件などが表示されている。ミランダの好む剣などはもうスキルレベル十五に達していた。
「これは、ここに書かれている修行を積めばよいということであろうか?」
「そういうことです」
先ほどの剣の欄には「自分以上のスキルレベルの所有者と掛かり稽古を行う:二五九/一〇〇〇」などいくつかの項目が並んでいる。それらを見て、マリコはゲームの時とは変わっている部分があることに気が付いた。
(やっぱり、特定のモンスターを倒せというやつが無くなってますね)
これは自分自身のスキルページを見てある程度分かっていたことではあった。しかし、近接戦闘関係のスキルについては、既にスキルレベルが二十に達していて条件の項目に「完全習得!」としか表示されないものが多く、確信が持てなかったのである。
ゲームにおいて「オーガを千体倒せ」のような条件は、相手や数は違えど修行内容の定番だった。それが何故無くなっているのか。自分のスキルに見入るミランダの隣でマリコは考え、じきに思い当たった。治癒の「死に戻り」と同じで実行不可能、あるいは無理があるのだ。
今のマリコが知る限り、この世界にはモンスターに当たるものが少ないというのもある。だが、一見それは実際にいる動物に変えれば済む問題のように思える。しかし、それでも無理があるのだ。なぜなら、ゲームと違って現実の動物は勝手に再湧出したりしないのである。
ネズミのような小動物でも生まれてから大人になるまで数十日掛かる。群れごと狩ったとしても千匹などという数になれば何回、あるいは何カ所必要なのか。増えるのを待つなら現実的な日数では済まないだろう。しかも挑戦者は自分だけではない。相手によっては絶滅の恐れさえ十分ある。
(そりゃあ無くなりますよね)
「私がさらに剣の腕を上げるのはそう簡単ではなさそうだな」
ミランダの声がマリコを思索の淵から現実に引き上げた。マリコがそちらに目を向けると、ミランダは剣の欄をにらんでいる。確かに掛かり稽古だけでもあと七百回以上しなければならないのだ。相手はマリコがいるからいいとして、一日十回繰り返しても二カ月以上掛かることになる。
他の条件も見比べながらむむむと唸るミランダにマリコは笑みを浮かべた。ここからが女神の加護たるメニューの本領である。
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