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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
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282 ミランダとの秘密 5

「さあ、早く行こう、マリコ殿」


 お昼の忙しい時間帯が過ぎて、珍しく厨房に入っていたタリアが「一休みしといで」と口にした途端、ミランダが飛ぶようにやってきてマリコの袖を引く。朝はあの後すぐに時間切れになってしまったので、続きが気になって仕方がないのだろう。


「今日はマリコ殿の部屋でマリコ殿と昼食を摂る故、これにて失礼致す」


 手早く二人分の昼食(まかない)を確保して、それを載せたトレイごとアイテムボックスに入れたミランダがタリアに断りを入れる。そのまま厨房の裏口――食堂側ではなく、奥の廊下に出る方――まで行ったところで振り返って「早く早く」と言わんばかりの表情をマリコに向けた。


「何がどうしちまったんだい、あれは?」


 立てた親指でミランダをクイクイと指しながら、タリアは片方だけ眉を上げてマリコを見た。食堂要員の食事はいつもなら厨房内か食堂の空きテーブルで食べることがほとんどなので、あれだけあからさまだとタリアでなくとも何かあったと思うだろう。


「ええと、ちょっといろいろありまして……。今夜、になるかどうか分かりませんけど、近いうちに報告に行きます」


「なんだい? バルトからあの娘に乗り換えることにしたのかい?」


「ち、違いますよ!」


 サニアが言いそうなとんでもないことを口にするタリアに、マリコは手を振って言い返した。そのサニアはというと今日は姿が見えない。経過を診てもらいに産婆のところに行っているのだそうだ。三人目で本人も慣れており、特に変なところがあるわけでもない。いわゆる定期検診である。


「ムキになるんじゃないよ。ただの冗談さね。それともまさか……」


「……こっち関係です」


 さらに悪ノリしそうなタリアに半眼を向けた後、周囲にサッと目を走らせたマリコはタリアにだけ見えるように自分の首、襟元を指して見せた。それで通じないタリアではなく、即座に表情を改める。


「ならこの後、サニアが帰ったら私も部屋に戻るから、その時においで。手伝ってもらいたい事もあるし、サニアには私から言っとくよ」


「分かりました」


「私の部屋からなら()も見に行き易いってもんさね」


「タ……」


「マリコ殿!」


 言い返しかけたところで戸口から声が掛かる。見ると、ミランダが足踏みをしながら待っていた。


(やっぱり口ではタリアさんに敵いませんか)


 それではとタリアに断って、マリコはミランダの方へと足を向けた。


 ◇


「『Z』、『Z』はどこであろうか、マリコ殿」


 ベッドに腰掛けたミランダが隣に座ったマリコを振り返る。


「左の端の下の方です」


「あったあった。次はええと、『E』、『N』、『O』……『O』? 『O』は……ここか!」


 昼食をかき込むように済ませた後、マリコの部屋ではこのような光景が展開されていた。ミランダのタイピング入門である。能力やスキルの話はいいのかとマリコは一応聞いたが「もちろんそちらもすごく気にはなるが、女神様に礼状を送るのが先だ」ということらしい。友だと思えという女神のメッセージがよほど心に響いたようである。


 女神からの試練(クエスト)を受け取った時には頭を抱えたマリコだったが、いざフタを開けてみると状況はややマシだった。タリアの手伝いをしていると時々出てくるので、英語らしきアルファベットが今も使われているということはマリコも知っていた。しかしミランダはマリコの予想を越えて、英語のアルファベットもそれを用いたローマ字表記も知っていたのである。


 以前マリコが読んだ神話によれば、神が転移門を開通させて全員が同じ言葉――なんと日本語である――を使えるようにするまでは各地でそれぞれ異なる言語が使われていた、ということになっている。詳しいことはマリコも知らないが、その内の一つが英語なのだった。


 そして重要なのが、神は全員に日本語が使えるようにしたというだけで、元からあった別の言語を消し去ったわけではないということである。元々日本語以外の言語を使っていた人たちは、日本語をインストールされて突然バイリンガルになったのだ。そのため、元の言葉も使える人が今でもそれなりにいるのである。


 実際問題、門暦――転移門開通の年を元年とする暦――以前の書物や話などはそれぞれの言語のまま伝わっているので、元の言語が分かる人がいなくなったら困るという部分もある。結果として今のこの世界の言葉は、日本語を中心にしつつ他の言語やそれに由来する言葉が時折混ざるという、現代の日本人の記憶を持つマリコにとっては誠に都合のいい状況になっていた。


「NO、DE、SYO、U、KA、と。何だって『A』はこんな端にあるのだ。ええと、あれ? マリコ殿、疑問符はどうやって打つのであったか」


「シフトキーを押しながら、右下の方にある疑問符の書いてあるキーです」


 ウィンドウに表示される仮想キーボードは、サイズからキー配置、各キーに浮かぶ文字のデザインに至るまで、マリコがパソコンで使っていた物とそっくりだった。ただ、ウィンドウ表示であるために厚みだけがない。キーの境界にも凹凸がないのでマリコとしては少々扱いにくく、これは女神に何らかの改善を求めるつもりである。


 ともあれ、マリコは自分がやっているのと同じローマ字入力をミランダに教えることにした。慣れればその方が早いという思いもあったが、カナ入力だと各キーの位置が心許ないという理由もある。そこまで入力速度を求められる使い方をしていなかったので、十本の指を全部使ってブラインドタッチというところまでは行かないレベルのマリコだった。


「『P』、『P』と……、あっ、しまった。バックスペース、バックスペース。ふむ、マリコ殿。これは書くのはまだ面倒だが、間違えた時に直すのは楽だな」


 キーボードによる画面上の入力は、訂正に消しゴムも修正液も羊皮紙を削るナイフも必要ない。その便利さに早くも気付きながら、ミランダはポチポチとメッセージを打ち込んでいった。


 ◇


「それで送信ボタンを押して、『はい』です」


「おお、これで女神様に届くとは……」


 しばらくの後、一部打ち込みをマリコも手伝い、さらに推敲を経て、さして長くもないメッセージはようやく送られた。送信完了の合図を確認したミランダが勢い込んで振り返る。


「それではマリコ殿。いよいよ次は……」


 言いかけたミランダにマリコは首を横に振る。


何故(なにゆえ)だ!?」


「お仕事ですよ、ミランダさん。時間切れです」


 マリコの非情な言葉に、ミランダはパタリとマリコのベッドに倒れこんだ。

英文やプログラムを打たないなら五十音入力の方がいいという場合も(笑)。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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